第38話【不思議な香り③】B面

「ほ~~~んとに二人とも可愛い♪」


母親は完全に俺たちで遊んでる!と腹が立ち、


「母さん!」


と俺は怒鳴った。


「ごめ~ん。でも、沙希ちゃんがすごく不安だったから。私だって沙希ちゃん気に入っちゃってるから佑希と離れてほしくないし、佑希の気持ちもちゃんと伝えておかないと沙希ちゃん、不安になっちゃうでしょ?大事なことよ。」


とニコニコしながら言っているが、完全に俺たちをからかって楽しんでいるのがバレバレだった。まぁ、大事なことだと言うのは本当のことかもしれないが、声に出されて言われたこっちの身にもなってくれと俺は久々に動揺が止まらなくなっていた。


俺とは反対に、古村はさっきまであんなに動揺していたのに、今はものすごく穏やかだった。母親の言葉で、笑顔で、心から癒されている…と言った感じだった。


「ありがとうございます。私、佑希くんに嫌われちゃったって思って、本当に不安でした」


古村までサラッとそんなことを…俺一人が動揺したままってことなのかと悔しくなったが、古村のようにすぐに穏やかになれるほど、俺の動揺は聞き分けがいいやつじゃなかった。俺の動揺が古村に伝わって、思わず声に出して伝えた言葉に改めて照れているのが分かった。


 そんな俺たちを見ながら母親は、真面目な顔になり、


「沙希ちゃん、この能力のこと、ちゃんと説明するね」


と言った。俺たちはその一言で、不思議と急に冷静に戻ることが出来た。母親の声のトーンには時々不思議な力があるのではないかと思っていた。母親は俺たちが冷静になったことを確認すると、話しを続けた。


「新村家は代々この能力を持って子供が生まれて来る。それは、いつからなのかは実はよく分からないらしいの。そして、この家に嫁いだ者も同じように能力が身についてから新村家の人間として認められる」


名探偵が確証を説明しているかのように、母親は人差し指を立てながら言った。

そして、さらに説明は続いた。


「正確にはさっきも言った通り、この香りの効果が続く間だけなんだけどね。理由は分からないらしい。そして、この能力の必要性もハッキリとは分かっていないらしくて」


今度は、さっき立ててた人差し指をあごの横に持っていき、何かを考えているポーズだ。この人は、昔舞台役者か何かだったのだろうか?だとしたらアクションがちょっと古い気がした。俺の考えていることは当然母親にも古村にも伝わっているはずなのに、なぜかふたりとも俺を無視している。


まぁ、大事なことを説明してる時だし、そこはスルーすることにしよう。


「ただ、能力を絶やしてはいけないので生まれて来る子が確実に能力を持って生まれて来られるようにと昔から新村家には一年中この香りが漂っていて両親どちらもこの能力がある状態にしているらしいの。どこかで能力を持たない子供が生まれた時点で新村家は絶えてしまうらしいの。私もね、詳しくは分からないし主人に問い詰めても仕方ないと思って深くは聞いていないんだけどね」


母親は、一気に説明した。古村が不安がらないように、古村に分かりやすい表現を探しながら話していたのがよく分かった。古村が母親が言ったことの要所要所を反復している間に、母親は更に話を続けた。


「ただ、主人が話してくれる内容はなぜか信じられて、言いつけを守らなくてはって思っているの。沙希ちゃんと似てるでしょ?沙希ちゃんも佑希が言ったこと、全部信じてくれたでしょ?新村家にはそういう人が引き寄せられるらしいの」


母親は、再び人差し指を1本立てて言った。今度は、何となく新村家の自慢をしているようにも見えた。


「あ、でも、そんなに責任感じることはなくて、例えば付き合う二人が何かが原因で分かれたとしてもそれは問題ないのよ。言い方は悪いかもしれないけど、必ずまた別の人と巡り合えるようになってるらしいから。能力を絶やしてはいけないという思い使命はあるけど、使命のために恋愛するわけではないからね。この家の人間が誰かに恋をするのは他の家庭で育った人たちと何も変わらない自然な流れでのことだから。」


母親の言葉は古村の心の中に自然な流れで入り込んでいたのが分かった。この話は俺も初めて聞くことが多かった。母親が言っていた【時期】と言うのが今だったんだと俺は思った。そう思っている俺を見つめながら母親は『そうだ』と心の中で言った。


 古村が今の話を聞いて、ジッと黙り込んだまま母親が言った言葉をひとつひとつ理解しようとしていたのが分かった。その中で、俺たち新村家の人間が今まで生きて来た中での苦労や苦悩なども想像してくれていた。


俺は素直に嬉しかった。多分、今の古村は俺たちが思っていることにまで意識が来ないほど自分の中で俺たちを理解しようと必死になっている。現に俺が古村を見ながら思っているコレにまったく反応しない。


 母親も古村の心に寄り添うように黙っていた。ここが母親の凄いところで、場の空気を読むのがとてもうまい。一瞬にして先の先まで予想して言葉を発することが出来る。俺にはまだ出来ないこの技を母親は自然に出来るのだ。


 古村の意識が俺と出会った頃になった。俺が言った「俺のこと、気持ち悪くないんだ。変わってんな。」を思い出し、俺の過去を想像している。そして今にも泣き出すんじゃないかというくらい切なくなっていた。


「沙希ちゃんは本当に素敵な人ね。優しい人だわ」


いきなり母親が言った。俺は驚いた。さっきまで古村の心に寄り添っていたのに、突然声を掛けるとか!俺には出来ない芸当だった。だが、その言葉は古村がちょうど色々理解して言葉に出来そうなベストタイミングだったと俺はすぐに察した。こういうことが出来てしまうのだ、俺の母親は。


「あの・・・私、人の心が分かるようになった時にはとても混乱しました。でも佑希くんはこの能力も悪いことばかりではないと教えてくれました。そして、佑希くんが言ったことは本当でした」


今度は、古村が思ってたことを伝え始めた。


「でもいいことばかりではないことも経験出来ました。聞きたくなくても聞こえてくる心の声は時には苦痛だったと思います。それでもそれを受け入れ、前向きで。それってすごいことだと思います。私も少しでも佑希くんの気持ちに寄り添いたいと思っていた矢先に心の声が聞こえなくなって。今度は聞こえないことにとても混乱しました」


古村は素直な気持ちを母親に伝え始めた。母親もそれを黙って相槌を打ちながら聞いていた。もちろん俺も古村の横で黙って聞いていた。古村は続けた。


「この先、佑希くんに寄り添えなくなるのかという不安とか、私に気を遣って私から離れて行ってしまうのではないかという不安とか、他にもいろんな不安に襲われていました。でも今日お母さんの話が聞けて本当に良かったと思っています」


古村は本当に不安に押しつぶされそうだったのだと、改めて知り、俺自身も知らなかったことで、古村を助けてあげられなかったとやりきれない気持ちになった。


「私は佑希くんの役に立てるか分かりませんが、私にとって佑希くんはとても大切な存在です。逢ったばかりなのにこんなこと言うのもおかしいと思われるかもしれませんが、これからもっともっと佑希くん、この家のことを知りたいと思っています。使命とか忘れるくらい楽しく過ごせたらいいなって。どちらかが辛かったら支え合えたら素敵だなぁって。恋愛とか初めてだからよく分からなくて正解とか分からないけど、これからもずっと一緒に居たいです」


古村がこんなことを考えていたとは想像もしていなかった俺は驚いた。そして、同時に嬉しかった。こんなに俺たちのことを理解してくれる人が今まで俺の周りに居ただろうか?いや、居なかった。俺は母親を見た。


相変わらずの笑顔で相槌を打っているだけだった。心の中も…『うん、うん』って言ってるだけ?マジか?今度は俺が言葉にするタイミングなのかもしれないと俺は思った。


「俺さ、今まで人と関わるのが面倒だと思ってた。自分の能力を人に言う気もなかったし、言ったところで理解してもらえるとは思ってなかったから」


と切り出した。古村は体勢を変えて俺の方に身体を向けてくれた。俺は続けた。


「だけど古村と出会って、なぜか古村には素直に伝えられて。古村は疑いもしないしバカにしたりもしなかったのが嬉しかった。こういう人っているんだなぁって初めて知った。自分で勝手に他の人と線を引いていたのかもしれない」


改まって言葉にするとは思っていなかったことを、俺は自然に口にしていた。


「今は、相変わらず人とは関わらないけど古村と居ると昔みたいに人と線を引いている気持ちでなくなった。ただ、自然な流れで話さないだけ…みたいな感覚になってた。能力のこと、今日初めて聞いたこともたくさんあったけど、改めて受け入れようって思った。」


俺は自分でも驚くほど素直に気持ちを声に出した。古村は黙って聞いてくれた。母親も黙ったままだったが、心の中は何となく喜んでいるようにも思えるし、若干俺のことを『大人になったねぇ♪』と茶化すようなことも思っていた。


まったくこの人はどんな性格が本当の性格なのか分からないと俺は思った。

ただ、三人がそれぞれの思いを秘めていて、気付けば沈黙が続いた。誰の心の声も聞こえないほど俺たちは自分の思いに集中していた。


 沈黙を破ったのは予想通り、母親だった。


「はぁ~、スッキリした♪沙希ちゃんにちゃんと話さなくちゃってずっと思ってたからね」


その顔は心の底からスッキリしたという笑顔だった。不覚にもその笑顔に癒されている自分に気付き、なんだか悔しくなった。俺にはこの癒しの空気を作り出す才能はないからだ。


「ありがとうございます。あの…質問してもいいですか?」


古村が言った。


「なあに?」

「私、毎日ここにお邪魔出来るわけではないんですけどまたしばらくしたらみんなの心の声が聞こえなくなっちゃうんですよね?どうすればいいんでしょうか?」


古村はまた不安そうだった。


「私はね、付き合っていた時に香水代わりに付けてたわよ。この香りはこの家の地下で出来ているの。植物の香りでね、日光に弱いから地下室で代々育てられてて、その植物が出す樹液がずっと溜まっているの。この家は昔からその樹液を家中に循環させているんだけど外に出る時には私たちみたいに能力がない者は持ち歩いているのよ。沙希ちゃん、良かったら持って帰って」


母親の言葉に俺は初耳だと思った。外に出る時には持ち歩いているなんて知らなかった。まぁ、母親が樹液のおかげで俺たちと同じ能力になっていたこと自体、今日初めて知ったんだから知らなくて当然と言えば当然だが。


「私、もらっちゃってもいいんですか?」


古村は少し前のめりになって聞いた。さっきから俺のことは完全に居ないものとしてこの部屋の空気は進んでいるように感じるのは気のせいだろうか?俺が何を思ってもふたりとも反応すらしてくれないと少し気に障った。それに気付いた母親がちらっと俺の方を見たが、悪戯っぽい笑みを浮かべるだけですぐまた古村の方へと向き直した。


そして、


「もちろんよ!だって、またいつ沙希ちゃんが不安になっちゃうか分からないでしょ?それにね、私たちのいい点は人の心が聞きたくないなぁって思ったらこの香りを吸わなければいいって点でもあるの。でも聞きたいって思った時に方法がないのはやっぱり不安でしょ?だからいつでも持ち歩いていればいいわ。効果は人それぞれって言ったでしょ?沙希ちゃんはどれくらい効果が続くのかまだ分からないけどそのうち分かって来るから。自分でコントロールできるのは私たちだけの特権だって思うと気持ちがラクよ♪」


と言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る