第35話【コントロールは難しい】B面
昨日の古村の体調が心配で俺はいつもより早めに目が覚めた。古村の家まで迎えに行こうかと思い、支度をしていると母親から、
「あら?おはよう。沙希ちゃん、心配だものねぇ♪佑希は優しいわねぇ~♪」
と声を掛けられた。
『ったく、いつもなんでそんなにテンションが高いんだよ』
俺がそう思うと、
「だってぇ~♪佑希が家族以外の人のこと、こんなに心配してるなんて嬉しいじゃない。テンションだって上がるわよぉ~♪」
母親の笑顔が俺に向かってくる。俺は、鬱陶しいのと同じくらい、なんだか照れ臭かった。母親に言われて、確かに人と関わらなくなってからの自分は誰かを心配するなんてこと、なかったかもしれないと気付いた。
それが今は自然に古村のことが気になるし、心配にもなっている。言われてみれば親からしたら嬉しいことなんだろうと言うことは分かった。
「そのテンション、今日だからじゃないだろ!」
俺はそう言いながら玄関に向かった。そして、
「行って来ます!」
と母親に声を掛けた。普段ならこの時間に母親が居ないことも多く、居たとしても声を掛けることなんて長い間していなかった。俺の声に反応した母親が玄関まですっ飛んできた。
「佑希?今、なんて言ったの?もう一回♪」
母親は満面の笑みで俺を拝むように手を合わせて言った。
「…」
俺は急に恥ずかしくなったが、
「行って来ます…」
ともう一度言った後、急いで家を出た。恥ずかしくてあの場になんていられない。完全にからかわれていると思ったが、こういう何気ない会話すら、古村と出会うまではしてなかったことに気付き、これからはもう少しコミュニケーションを取るのも悪くないかもと思っていた。
当然、俺が思ったことは母親には伝わっていただろうが、俺は逃げるように走って古村の家へと向かった。
古村の家が見える前に古村本人が見えてしまった。一足遅かったと思ったが、まぁ、家の前で待つよりここで会った方が良かったかもと思って古村に向かって歩いて行った。古村はずっと下を向いたまま歩いていて俺に気付いていない様子だった。まだ本調子じゃないのかもしれないと心配になったが、
「おはよう。」
と声を掛けた。古村は顔を上げ、
「おはよう。どうしたの?」
と驚いた顔を俺に見せた。
「昨日の様子見て心配してはいけませんか?お嬢様」
俺は、少しおどけながら言った。
「アハ。たっぷり寝たら元気になった♪ありがとう」
古村も明るく答えた。確かに顔色は昨日よりずっと良かった。それを見て心配だった気持ちが不思議とすっと消えていくのが分かった。
『心配かけてごめんね。テストの時、他の人の声を聞かないようにしようって思ってたところまでは憶えてるんだけど、そっちに集中したら問題文が理解出来なくなっちゃって焦って、そのまま倒れたみたい。なかなかうまくいかないもんだね。少しずつコントロール出来るように頑張るよ!』
と古村が伝えて来た。古村なりに分析をしたのだと思った俺は、
『時間はかかるかもしれないけど、コントロールは出来るようになるらしい。母親も同じような悩みがあったらしい。ただ違うのは母親が父親と知り合ったのは社会人になってからだったらしいから、古村みたいにテストの答えが聞こえて来てしまう・・・みたいな状況は経験がないらしい。今日はちょっと用事があるみたいで家に居ないからまた今度家に居る時に声かけるな』
と伝えた。実は、昨夜、母親が帰宅した後、古村の状況を伝えたのだが、母親がずっと古村の気持ちを代弁してくれたのだ。俺には分からない、あとから能力が身についたものにしか分からない葛藤や悩みなども教えてくれていたのだ。
『そうなんだ。もう大人になってからこの状態になる方が大変だったんじゃないのかな?想像だけど大人の社会の方がもっと面倒くさそうだし。お母さん、大変だったんだね。あんなに明るいのに…』
母親の話を聞いた古村は母親に寄り添ったことを言ってきた。二人はお互いの気持ちを共感できる立場なのだとふと思い、何となく母親に嫉妬に似た気持ちが湧いてきてしまったが、すぐに気持ちを切り替えた。古村に気付かれたらまたややこしくなりそうだと思ったから。
『あんなに明るいから乗り切れたんじゃないかな?』
と俺が言うと、間髪入れずに古村は、
『なるほど!』
と納得した。俺は思わず声に出して吹き出しそうになったが必死で堪えた。顔はにやけてなかっただろうか?と心配になったが、隣に古村が居てくれるおかげで一人でニヤニヤしながら歩いているわけではないことに救われた。
学校が見えてくると、古村から緊張が伝わって来た。昨日のことをクラスメイト達に謝るつもりらしい。
『謝るの?』
と俺が聞くと、
『うん。やっぱり謝らなくちゃ。英田とか、どこにも名前が載らないのは悔しかっただろうし他のクラスメイトもホッとしている人も居たかもしれないけど、やっぱり怒ってる人も居るってのは事実でしょ?』
『そっか。古村は本当に律儀だよな』
『えっ?これ、普通じゃないの?』
『古村家では普通なんだと思う。いいと思うよ、そういうの』
『なんか、うちが普通の家庭じゃないみたいに聞こえるけど…』
古村は口をとがらせながら俺を見た。声に出してないのに思い切り顔に出ている古村を見て、また吹き出しそうになった俺は、
『そんなこと言ってないけどな。それ言ったらウチなんてどうなるんだよ。完全に普通じゃないし』
と次は古村がどんな顔をするのか楽しみになり、言ってみた。
『アハ。お互いさまってことか!』
古村はそう言いながら、やっぱり顔は声を出して笑いそうなくらいの笑顔になっていた。でもその笑顔の裏側には俺が気を紛らせていることがちゃんと分かっていたように緊張感は残ったままだった。
教室に入る前の廊下。昨日の放課後テストの結果が出ていた。俺たちのクラスの名前が本当に書かれていないことを確認した古村はかなり動揺していた。そして、自分を責めていた。廊下に居た奴らのざわつきも手伝って、古村の心をかき乱していた。それでもきちんと謝らなくてはと言う決意のような気持ちも伝わって来た。
教室に入ると、クラスメイトは気付いているのにコチラを見る奴は居なかった。正確には目だけコチラにやる奴、一瞬コチラを見てすぐにまた下を向く奴などは数人居た。古村にもそれは伝わっていたようだ。古村は小さく深呼吸をした後、
「昨日はごめんなさい!みんなの努力が無効になっちゃって」
と俺が想像していたよりも大きな声で深々と頭を下げて叫んだ。クラスメイト達もその声にはさすがに驚いたようでほとんどの奴らがコチラを見た。ほんの一瞬だったり、しばらく見ていたり・・・と反応は様々だったが。
『うわっ!謝った!別にわざと倒れたわけじゃないのに』
『別に気にしてないし。むしろ気が楽になったから感謝だわ』
『もう大丈夫なのか・・・今日も倒れたりするのかな?』
反応は行動同様様々だった。だが、誰も声を掛けて来る者は居なかった。こういう時、一言くらい誰かしら声に出して言えないものか?と俺は一瞬ムカついたが、謝った古村本人の心は、自分が決めて来たことが出来た満足感でいっぱいになっていたから、あえて何も言わずに俺も普通を装った。
お互い、席に向かう時に一瞬だけ俺は古村の背中を軽く叩いた。お疲れさまと、よく頑張ったの気持ちを伝えたかったからだ。
古村が席に着くと、
「無効のテストだけどやっといた方がいいと思って入れといた。途中までは解いてあったしね。先生には机に入れること言ってあるから大丈夫」
古村の前の席に座っていた女子が古村に声を掛けていた。俺が転入してきて、古村が俺以外のクラスメイトと決めごと以外で話をしているのを見たのは初めてだったかもしれない。なんだか、不思議な気持ちになった。
「ありがとう。みんなのは?」
古村も自然に会話をしていた。
「みんな持ち帰った」
「そうなんだ。入れといてくれてありがとう」
古村からは穏やかな気持ちが伝わって来た。それを感じ、俺もなんだか穏やかな気持ちになるのを感じていた。そう言えば俺もテストを持ち帰ってないことに気付き、机の中に手を入れてみたが、残念ながら俺の机の中には何も入っていなかった。
今日一日、何も問題なく過ぎて行った。そして最後の難関、放課後テストの時間になった。古村は何度も深呼吸をしていた。なんだか俺まで緊張してきてしまった。
『昨日と同じ問題にしてくれたら良かったのに』
『今日も誰か倒れて無効になってくれないかな?』
『今日こそ一位を奪還する!』
教室内にはいろんな感情が入り乱れていた。古村はそんな心の声を聞きながら、昨日とは違って穏やかな気持ちで居たのには驚いた。こんなにも適応力が高いとは思っていなかったからだ。
テスト中もずっと平常心で居る古村を尊敬すらしていた。俺は、テストを解き終えるとまだ終わっていない奴らの答えを考える心の声や問題文を読んでいる心の声の中でも古村は黙々と普段通りに問題に取り組んでいるのを感じてそう思った。テスト終了後、俺はすぐに古村の席に行き、
「帰るか」
とだけ伝えた。
「うん」
古村は短く答えてカバンを持ち、俺たちは二人で教室を出た。授業の七時間より、放課後テストの十五分間がやけに長く感じた一日だった。
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