第34話【親の心②】B面

「先生!古村さんが倒れました!」


古村の隣に居た生徒が突然立ち上がり、叫んだ。俺は、慌てて古村の方を見た。さっきまで動揺していた心の声が聞こえていたのに、俺は倒れそうな古村の気持ちに気付けなった。


 教室は騒然とした。古村に近付き、何度も名前を呼ぶ生徒、席に座ったまま古村を見ている生徒、薄情にも黙々と問題を解いている生徒もいた。担任が古村に近付き、声を掛けるが古村は倒れたままで意識がない様子だった。


「今日のテストは中止だ。問題用紙は各自持ち帰り、家で解いておくように。古村以外は帰っていいぞ」


高見沢はそう叫ぶと古村を抱えようとしたが、手際が悪く意識のない古村の身体は曲がったり伸びたり、されたい放題だった。俺は見ていられなくなり、黙って古村の傍に行き、古村を抱きかかえ


「保健室に連れて行きます」


とだけ高見沢に伝えて運んで行った。高見沢は内心ホッとしていて、


『助かった。俺が保健室まで運ばなくちゃいけないのかと思った。無理無理!あとでセクハラだのなんだのって言われたらたまらない!』


と言っていた。

時代のせいなのか、生徒に触れるだけでも問題になるせいで、緊急時にも担任としての対応が的確に出来ない世の中になったと俺は少し嘆きながら、保健室へ急いだ。放課後だったが保健士はまだ残っていてくれた。


俺は事情を説明して、古村をベッドに横にした。


「ありがとう。意識が戻るまでここで様子を見るから、あなたは帰っていいわよ。おうちの方に連絡を取ってどうすればいいか相談するから」


保健士はそう言ったが、


「廊下で待ってます。心配だから」


俺はそう伝えると保健室を出た。保健士は保健室にあった折り畳み式の椅子を貸してくれた。俺はそれに座って、古村の意識が戻るのを待った。


 しばらくして、保健士が保健室から顔を出し、


「気が付いたから、入っていいわよ。」


と声を掛けてくれた。


「はい」


と言いながら、俺は保健室に入った。ベッドにはまだ横になっている古村が目を開けてコチラを見ていた。俺はベッドに近付きながら、


「大丈夫か?いきなり椅子から真横に落ちて行ったぞ」


と言った。古村は何か声に出して言いたそうに口を開いたが、声にはならなかった。心の声も弱々しく何かを言ったようだったが、聞き取れなかった。


「帰れる?」


俺は聞いたが、古村は首を縦に動かしただけだった。保健士は歩けるなら帰ってもいいと言っていたが、正直こんな状態でも帰すのかと驚いていた。


古村はゆっくりベッドから降りるとしばらく足が震えていたが、それでも一歩、また一歩と歩いてみると震えは少しずつおさまったようで帰れそうだと判断し、


「ありがとうございました。失礼します」


と震える小さな声で保健士に一礼をしながら言った。俺は古村を支えながら、古村のペースに合わせて歩き、保健室を出た。


 「私、倒れたの?」


廊下で古村が聞いて来た。


「うん。いきなりだった。全員固まったよ。で、テストは中止になった。明日の結果発表にうちのクラスは全員書かれない」


と俺は言った。

「他の人たち、怒ってなかった?私のせいじゃん」

「それがさ…なんかみんなホッとしてる方が多かった。みんなもキツイんだよ。毎日のテスト。もちろん怒ってる奴もゼロではなかったけど意外にも少数だった。中には中止って言われて喜んでた奴も居る。古村に感謝してる奴も居た。倒れた奴に感謝とかひどいけどな」


俺は出来るだけ明るく言ってみた。


「そうなんだ。なんかさ…急に誰の声も聞こえなくなったなぁってとこまでしか覚えてないや。なんで倒れたんだろう?」


古村は歩きながらその時を思い出しながら言っていたが、その時また、足がガクガクしてきた。それに気付いた俺は、ゆっくり古村のペースに合わせながら、


「疲れてたんだと思う。今日、母親が古村と話がしたいって言ってたんだけど朝会えなかったし。廊下で見かけたらあんな状態だったから言えなくて。結局今になっちゃったんだけど・・・今日はやめとくな。まっすぐ帰って寝た方がいい」


と言った。古村は俺が母親に相談していたことに喜んでいたが、今日はまっすぐ帰った方がいいと判断していた。その方が俺も安心だったから、古村が無理に俺の家に来ると言わなくてホッとしていた。俺は、そのまま古村の家まで送って行った。


「明日、来られそう?」


古村の家の前で俺は聞いてみた。


「多分大丈夫だと思う。声聞き過ぎて疲れたことって新村は経験ある?」


古村は不安いっぱいの気持ちで聞いて来た。


「いや…俺は慣れちゃってるけど、母親はやっぱりあったみたい。そういう経験も話したいって言ってたから元気になったら古村の辛いこと、全部話してみた方がいい。俺には理解できない部分があるから。悔しいけど俺より母親の方が今の古村の力になれると思うし」


本音だった。俺は生まれた時からこの能力がある。疲れるという感覚など経験がなかった。


「そっか。ありがとう。元気になったらお邪魔するってお母さんにも伝えておいて。今日はすみませんでしたって」


古村は微笑みながら言ったが、無理して笑顔を作っているのは明らかだった。どれくらい辛いことなんだろうかと想像したが俺にはどうしても想像が出来なかったのが悔しかった。


「分かった。明日、もし無理そうならノート届けるわ」


俺は、自分に出来ることを探してノートを届けることくらいしかないと思って言った。


「休むの前提?大丈夫だよ。今まで休んだことないから。…あっ!」


古村は突然叫んだ。


「何?」

「今日こそ聞こうと思ってたことがあったんだ!新村の連絡先、教えてほしいんだけど」


俺は想定外のことを言われて一瞬驚いたが、古村がいつもの古村に戻ったような気がして嬉しかった。


「なんか急に元気になったな。いいことだけど。古村の番号、何番?俺、今掛けるわ」


とスマホを取り出して準備した。古村は心の中で伝えて来た。言われた番号にかけると古村のスマホがブルブルと震えた。


「それ、俺!そう言えば交換してなかったもんな」

「うん。これで連絡取れる♪ありがとう」

「じゃあ、なんかあったらすぐ連絡し合おう」

「うん。じゃあ、家に帰るね。今日はありがとう」

「おう!お大事に」


テンポよく、会話をした後、俺は手を振ってその場から離れた。古村がずっと見ていたのは分かっていたが、そのまま振り向かずに歩いた。古村の家が見えなくなる角を曲がった時、古村が家の中に入ったのが分かった。


『やはり母親だな。古村、メッチャ心配されてる』


俺は、古村と古村の母親との会話が聞こえてしまって、そう思った。

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