第32話【初恋】B面

 昨日は幸せなひとときと、動揺が入り混じっていた日だった。多分、古村もそうだっただろう。帰宅してからは大丈夫だったかなと心配になっていた。昨日のことを思い出しながら俺は高校に向かっていた。古村の家と俺の家は高校を挟んで真逆に位置するが、高校から少し離れた交差点で合流するような通学路になっていた。交差点付近で古村が居れば、その心の声は聞こえて来る。


 今日は、合流した後の道を歩いていると、後ろから古村の心の声が聞こえて来た。どうも様子がおかしかった。距離が近付けば心の声も近付いてくるはずなのに、一向に近付いて来ない。俺は古村に気付いて歩く速度をかなり落としたのに、だ。内容も怯えているように思えた。俺は、高校に背を向け歩き出した。古村を迎えに行こうと思ったからだ。


 しばらく歩くと、古村の姿が見えた。俺はすぐに心の声で古村を呼んだ。しかし、古村は全然気付かない。俺は呼びながら古村のすぐ目の前まで来てしまった。


『古村?おはよう…どうした?顔が真っ青…てか、真っ白だぞ。』


古村はようやく俺の心の声に気付いたようだが、どこからの声なのか分からなかった様子だった。周りをキョロキョロと探している。古村が俺を見つけた時には、もうあと数歩、歩いたら古村を通り過ぎてしまうような距離感だった。俺を見つけた古村は、突然、


「新村!どうしたらいいのか分からなくて!昨夜からずっと逢いたかった!」


と想像以上に大きな声で叫んだ。驚いたが、古村の動揺は昨夜何かがあり、ずっと不安だったからこその叫びだったのはすぐに分かった。


「何があった?」


俺は古村の顔の位置に自分の顔をおろし、目を見て聞いた。古村の目は真っ赤だった。昨夜は一晩中泣いていたのかもしれない。


 古村から親の心の声も聞こえるようになってしまったという話を聞いて、俺はすぐに昨夜の母親の言葉が浮かんだ。これが母親が言っていた【時期】ってやつだとすぐに分かった。俺は、古村の動揺をどうにかしたかった。だから正直な気持ちを伝えた。


 自分は生まれつき持っていた能力だから、突然持った時に起こるであろう動揺や不安が想像できないこと。

 母親なら古村の気持ちが分かるだろうから、聞いてみること。

そして、古村の不安は全力で解消すると約束すること。


周りから見たら、無言でただ並んで歩いている俺たちだったが、声に出すより、直接心に語り掛けた方が気持ちは落ち着くことを知っていた俺はあえて、心の声で古村に伝えることにした。話している間に古村から緊張がほどけていくのを感じた。俺まで緊張していたみたいで、古村の安堵感が伝わってきたことで俺自身の力も抜けていくのを感じた。


 教室に入ると俺にとっては、いつもと変わらない光景が広がっていた。多分、古村の目から見てもそうだったと思うが、目から入って来る情報だけではなく、今日古村は初めてクラスメイトの心の声という情報が入って来たのだから動揺するのも仕方ないと思ったが、俺が予想したよりも落ち着いてその状況を受け入れていた。


『あいつら、来たのか』

『新村、早く脱落しないかな?』

『古村の奴、新村を味方につけて勉強教えてもらってんのかな?うまくやりやがったな』


実際に声に出して言われたらどれも「大きなお世話だ!」と言いたくなるようなことだったが、それらを含めた色々な声に、古村は驚いたり共感したり新しい発見をしたりと、段々落ち着いてきていたのが分かった。


『みんな普通の高校生で私と変わらないんだ』


そう古村から聞こえてきて、


『悪いことばかりじゃないだろ?たまにはいい声も入って来たりするんだ』


俺はそう言って自分の席に向かった。


『うん。まだ全然慣れてないけど、昨夜よりかなり落ち着いて来た』


古村の心の声は明るかった。


 授業が始まると、古村に変化が見えた。

昨夜、突然両親の心の声が聞こえてしまった動揺で、予習や復習が出来なかったと言っていたが、教科担当教諭の心の声を聞き分けたのか、教諭が声に発する前にはページを開いたり、ノートと取ったりしていたのを横目で見ながら、俺はどこかホッとしていた。母親が心配するほど古村は動揺していないと分かったからかもしれない。


 何事もなく、放課後テストの時間になった。あとはテストが終われば帰れる。今日一日、俺も緊張したなと軽く息を吐いた。


『これは一年の時に出した問題と同じ問題だ。こいつらがどれだけ復習をしているか確認出来る。なんて主任には言ったが昨夜はテストなんて作ってる時間なかったから慌てて思いついたテストなんだよな。どうせこいつらには気付かれないだろうし。先ばっか見てるこいつらにこれ以上時間なんて費やせねぇし』


高見沢が言っていた。一年の時と同じテストって言っても俺だけ初めてのテストだ。なんて思いながら「始め」の合図を待っていた。高見沢の声もおそらく古村にも聞こえていたはずだと思い少し様子を見ると、少し落ち着かない様子だった。テストを見る前からネタが分かってしまったから動揺したのだろう。


「始め!」


高見沢の声で一斉にテストが始まった。


『あれ?これ、一年の時の問題と同じだ。ラッキー』

『何これ?高見沢先生、手抜きか?』

『担任、バカじゃね?俺がこんな初歩問題忘れてるとでも思ってるのか?』

『先生、やめてくれよ。これじゃ高得点でも優秀者に入れない。ちゃんと仕事しろよ!』


クラスのあちこちから聞こえて来る愚痴に高見沢を見て、思わず吹き出しそうになった。俺は問題を解き終え机に顔を伏せた。古村の心の声は初めて会った時とは全く変わって、静かなものだったから集中しないと聞き逃してしまいそうだったが、ふと古村に集中すると大パニックになっていた。


どうやら、自分の書いた回答と聞こえてきてしまった回答が違っていて、答えから考え直したら聞こえて来た方が正解だったことに気付いて、その答えを書いていいものかどうか悩んでいたようだった。ホントに真面目な性格なんだなと俺は思った。


『別に書いてもいいんじゃね?答えから考えてその答えに納得したのは古村の導いた答えと同じことだ。そんなの考えてたらテストの時間終わっちまうぞ』


俺は古村に向けてそう言った。


『私の答えとして書いてもいいのかな?』


答えが違う!じゃあ聞こえて来た答えを書こう!って単純に書き写したわけではなくちゃんと考えて自分の答えが間違っていたことに気付いたから書き直すってことなんだから俺は全然普通のテスト中と変わらないと思ったから書き直してもいいと伝えた。古村はそれでも迷っていたが、罪悪感いっぱいの中で答えは書き直された。


 テストが終わり、俺はすぐに古村のところに言って、


『お疲れ!帰ろうぜ!』


と言いながら軽く古村の肩を叩いた。古村は罪悪感でいっぱいになっていた。俺は、『書いていい』と言ってしまったことを少しだけ後悔していた。俺と古村は性格だって違う。俺にとっていいと思ったことでも古村にとってはダメなことだったかもしれないと思ったからだ。


 帰り道、何となく二人とも言葉が出て来ないまま、ただ歩いていた。俺は、


『悪かったな。古村はこの能力を持たない方が良かったのかもしれないのに、この先も辛いことがあるかもしれない。この能力がなくなる方法、親に聞いてみる。今まで、俺はこの能力がなくなった方がいいとか考えたことがなかったけど、今日改めて考えさせられた。俺と関わらなければ古村がこんなに辛い思いをすることもなかったかもしれないな。後先考えないで関わって悪かったと思ってる。古村から話しかけられて、自分の能力を伝えても不審がられなくて、すげぇ嬉しくて、古村とこうして話が出来るようになった時にも柄にもなくはしゃいでる自分が居て、どんどん古村が気になって、気付いたら好きになってて…』


「ストーーーップ!」


突然古村は声に出して言った。俺は、ビクンとなったのを感じた。驚きのあまり、しばらく動けなくなった。


「今日のことは正直予想外で動揺したけど、後悔とかはしてないよ。この能力は、ちゃんと使えばきっと素敵な能力だし今日みたいな使い方ばかりじゃないはずだし。次からはもっとちゃんと正しい使い方をする。だから、そんなに自分を責めないで。新村の予想だとお互いが好きにならなければあとから身につくことはないんでしょ?それって私も新村のことが好きってことなんだよ。私は新村の声が聞こえた時、本当に嬉しかったもん」


古村は、静かに、俺を落ち着かせるように言った。そして、今日一日を過ごして感じたこと、分かったことを一つ一つ自分の中でも確認するようにゆっくりと教えてくれた。そのトーンが心地良くて、俺は自然と笑顔になっているのを感じていた。

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