第30話【古村の動揺も知らずに】
俺は古村が家の中に入るのを確認してから古村の家に背を向けて歩き出した。
その場に居たら、古村家の心の声が聞こえてしまうのでなるべく早くその場から立ち去った方がいいと思ったからだ。
古村の両親は厳しい人たちで、古村はずっとその中で暮らしてきた。どれだけ辛いのか、もしかしたら両親の本音は違うのではないか、と気になったが、今はそれを俺が聞いてしまってはいけない気がした。幸い、古村はまだ俺の心の声しか聞こえないと言っていた。この先も変わらなければいいと思っていた。
とは言っても俺の母親は、古村と同じように最初は能力がなかったのに、今は俺たちと同じように誰の声でも聞こえるようになっている。古村が母親と同じようになる可能性はあるのか?と俺は考えていた。今の古村と俺の母親との違いは何かを考えたが、答えは出て来なかった。母親に聞いた方が早いと俺は察した。
帰宅すると、母親が姿も見せず、
『ちゃんと送って来たの?』
と聞いて来た。俺はちゃんと送ったと伝えながらリビングに入った。母親はこっちを向いて、
「外で変な事したら沙希ちゃんに悪いから気を付けなさいね♪」
と言ってきた。口元は口角が上がっているが目は明らかに笑っていなかった。俺は、母親は今日のこと、すべて分かっていたと察した。
「し…しねえし。てか、なんでそんなに楽しそうなんだよ。」
「だってぇ♪楽しいじゃない。息子にあんな可愛い彼女が出来たのよぉ♪嫌われないようにって願うのが母親でしょ?」
ホントに楽しそうに話す人だと改めて思ったが、続けた言葉の口調は今までの口調とは明らかに変わった。
「それに、この先、沙希ちゃんだって佑希以外の声が聞こえて来るようになるんだから、ちゃんと佑希がフォロー出来るようにするのよ。沙希ちゃんに嫌われそうになったり、佑希が沙希ちゃんと距離を置きたくなった時に、もし沙希ちゃんが他の人の声も聞こえるようになってたら、きっとひとりで動揺するわ」
母親の口調は、おそらく過去の自分と重ね合わせて言っていることだというのは、伝わってきた。そして、
「心細くなる。別れたあとも一人でこの能力と向き合わなくちゃいけなくなる。そんなの不安で仕方ないと思うでしょ?ずっと付き合う覚悟がないなら今すぐ離れた方がいい。今ならまだ佑希の声だけでしょ?離れて少ししたら佑希の声も聞こえなくなって、元通りになるから」
最初はニコニコしながら言っていた母親の口調が後半には笑顔もなくなり真剣な顔になった。俺は母親が言っている意味が理解出来なかった。俺の声も聞こえなくなるってどういうことだ?と考えたが、まったく分からなかった。
「どういうこと?」
俺は母親に尋ねた。母親は、
「もともと能力がない私たちみたいな人間は、この能力がずっとキープされているわけじゃないの。キープするには条件があるの。でもね。詳しいことは自分で気付かなくちゃいけない時期ってのがあってね。佑希はまだその時期じゃない。時期が来れば自分で分かることもあるし、私たちが教えていい時期って言うのもあるの。このルールを守らないと、能力が絶えてしまうこともあるらしいの」
と答えたが、いまいち歯切れが悪い言い方と言うか、釈然としなかった。母親はそれ以上何も言わなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます