第22話 ふたりが出した答えA面

「あぁーーー!沙希ちゃん!卒業おめでとう♪」


玄関を開けるとそこには満面の笑みで近付いてきて迎えてくれたお母さんの姿があった。


「あ、ありがとうございます。お邪魔します」


私も自然に笑顔になるのが分かった。お母さんはいつでも私を笑顔にしてくれる存在だった。あの笑顔を見ているだけで気付くと私まで笑顔になっているのだ。いつもと変わらないお母さんを見てなんだか心が落ち着いてきたのを感じた。


「俺と居る時とテンション違うな。母さんに嫉妬しそうだわ」


祐希はそう言いながら自分の部屋へと一人で行こうとしたから慌ててお母さんに会釈してからついて行った。


『嫉妬してくれたのね♪なんか嬉しい♪』


ついそう思わずにはいられなかった。さっきまでの不安な気持ちはいつの間にかどこかに消えてなくなっていた自分が単純な人間だなと思ったが今はそれより素直に嬉しさでいっぱいになっていた。


 祐希は部屋に入ると、急に私の方を向き、


「卒業しちゃったな」


と言った。私はあまりにも急だったせいか言葉が出て来なかった。しばらく沈黙が続いたが、


「うん。卒業しちゃったね」


と答えた。


「なぁ、沙希」


祐希は私の目をじっと見つめていた。そしてこう続けた。


「俺たちさ、続けられると思うか?」


予想外だった。確かに別々の大学に通うことになるのだから逢う時間は減るだろう。だけどそれと続けられるかどうかは別問題。私は逢う時間は減っても、だからと言って別れようと言う選択肢は全くなかったのに。


続けられるかどうかなんて心配はしていなかったせいか祐希の言葉が悲しくなってしまった。何か言わなくちゃ!と思えば思うほど言葉が見つからず混乱してしまって何も言えなくなってしまった。祐希はさらに続けた。


「俺さ、沙希がずっと不安がっていたのを聞いていてずっと考えてた。逢えなくなるともっと沙希を不安にさせる。それでも続けていけるのかって。でも答えは全然出なくて」


祐希は一言一言を静かな口調で言った。私は何も言えず黙って話を聞いていた。


「母さんたちは社会人になってから出逢ったから離れている時間ってのがなかった。けど俺たちはこれから簡単には時間を作れなくなる。当然逢う時間は減る。逢わなくても俺たちは付き合っているって言えるのかな?って考えてみた。でもこれも答えは出なかった」


祐希はずっとそんなことを考えていたのだと知り、何も考えていなかった自分が恥ずかしくなった。


「沙希は今後のこと、どう考えているのかな?って今日は聞かせてほしくて来てもらった」


祐希はいっぱいいっぱい考えてくれてたんだと初めて知った。私と居る時にはそんな不安なことは封印してくれていたんだと思うだけで改めて祐希の優しさや思いやりが嬉しくなった。それと同時に自分ばかり不安な気持ちを祐希に聞かせていたのかと思ったら自分勝手過ぎて自分自身に腹が立ってしまった。


「ごめんね。私、祐希がそんなこと考えてくれてたなんて全然気付かなかった。ありがとう」


私は素直にお礼を言ったあと、続けた。


「私はね、今は離れても、逢う時間が減っても別れるって選択肢はなかった。住む場所が変わるわけではないし、何とか逢う時間は作れると思ってたし。忙しくて逢えなくても連絡を取り合う方法はあるわけだから。私が心配していたのは逢えなくてお互いの気持ちが離れちゃったら…ってこと」


祐希は真剣に聞いてくれていた。


「私は恋愛経験がなかったから、本やドラマとかの恋愛からしか想像することが出来ないけど、離れている時間が長いとうまくいくパターンってあまりなかったから。どちらかが他の人を好きになっちゃったり、どちらもそうなっちゃったりって感じが多いでしょ?実際の恋愛もそうなることが多いから本やドラマでもそういうのが多いのかと思ってて。それで不安になっちゃってた」


恋愛経験がない私にとって情報源であるドラマなどが逆に参考になっていないことに気付いた私は続けた。祐希は時々頷きながら聞いてくれていた。


「私は祐希が好きだし離れてる時間が長くても嫌いにならない自信はある。祐希もそうだって信じてる。でもこの先どうなるかは私にも分からない。祐希だって分からないと思う。でもね。それでいいと思うんだ。お互いが離れている間に何が何でもこの人以外とは付き合わないって決めるより、自然でいいんじゃないかって思うんだよね。そんな曖昧じゃダメかな?」


私は祐希の前では思わないようにしていたことを初めて言葉にして伝えてみた。これには祐希も少し驚いていたが、私の一言一言を噛みしめるように心の中で繰り返していた。私は祐希から何か言い出すまで黙って待つことにした。


 そして祐希は自分の気持ちを話し始めた。

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