第21話 別れの予感A面

 あの日の偶然のおかげで私は志望大学を決めることが出来た。夏休みにイヤミ沢から言われた大学ではなかったが、数ヶ所の大学をピックアップした。両親も高校受験の時とは違い私の気持ちを尊重してくれた。そして夏休みも終わり再び高校生活が始まった。


夏休み中ほとんど連絡を取り合わなかった祐希とも夏休み前と変わらない関係で一緒に帰ったり時々祐希の家に遊びに行ったりと言う生活に戻った。夏休み中、祐希が忙しかったのは志望大学受験のための準備だったのだが、その大学名までは聞いていなかった。


後期が始まり何となく大学の話になり、そこで初めて祐希の将来の進路を聞いて驚いた。祐希は医者を目指していた。精神科医になりたかったらしい。私は自分の目指す進路も祐希に伝えた。お互い似たような理由で似たような方向性だったことに驚いてしまったが同時に二人で吹き出して笑った。


祐希の話を聞くと新村家はほとんどが精神科医になっているらしい。お母さんもなんと精神科医だったと言う事実に私は驚いてしまった。と同時にこの能力を持つ意味が何となく分かったような気がした。


「私は精神科医なんて無理だけど、でもやっぱり誰かを助けるためにこの力を使いたい。祐希とずっと一緒に居られなくなった時のことを考えたら安易に医者にはなれないけどね。」


話の流れで私が何気なく言ったこの一言に祐希の顔が少し曇った。


「サラッと怖いこと言うんだな。」


祐希は辛そうな顔で言った。私は、そんなに深い意味もなく言ってしまった一言をものすごく後悔した。付き合ってまだそんなに経っていないのに別れた時のことを考えるなんてひどい性格だと自分でも反省した。


「ごめん…なんでそんな風に思ったのか分からないけど何となく思っちゃって…」


私はそう素直に言葉に出して言った。祐希は少し拗ねていたような気がしたが私がそう言ったら明らかに顔が明るくなった。その変化になんだか私まで嬉しくなってしまった。やっぱり私は祐希のことが好きなんだ。好きなら先のことなんて考えずに好きだと言う気持ちを大事にすればいいだけだったのにと本気で後悔してしまった。


 それから2年生後期の成績は前期よりも上がり、イヤミ沢からは志望大学よりもレベルの高い大学を薦められる頻度が増してきていた。それでも私は自分の目で確かめた志望大学を変えるつもりはなかった。


イヤミ沢も最終的には折れてくれた。そして2年生が終わる頃には私の成績は10番以内をキープするまでになっていた。3年生に進級し、学年全体が受験モードになり何となく空気が張り詰めているのを感じながらの高校生活。相変わらず祐希とは一緒に帰っているがそれ以外で逢うこともなくなっていった。


時々樹液がなくなりそうになると祐希の自宅に行き、樹液をもらって来る程度になっていた。だからと言って気持ちが離れたわけではなく、むしろ前よりもっと近付いていると思えたから不思議だ。



2年生までが懐かしいほど3年生はめまぐるしく過ぎて行った。本当に前期後期があったのか?あれだけ苦痛だった放課後テストや定期テストも今まで通りあったのか?行事は?なんだか、思い出せないくらいあっという間に時間は過ぎて行った。とにかく受験勉強に集中し、受験のためにだけ時間を使っていたような気がする。


 そして3年生は受験が始まった。早い子は夏休み明けには合格が決まり始めていて一般受験の私たちは自分たちがやるべきこと、出来るすべての努力に毎日を費やした。センター試験当日を迎え、私たちは持てるすべての力を出し受験に臨んだ。


その後、各大学での受験も始まり、続々と進路が決まり始めた。祐希も私も第一志望大学に合格することが出来た。そしてそれは、お互い高校を卒業したら別々の大学に通うことになることを意味していた。当たり前だが、大学が別々なら今までのように一緒に帰ることも出来なくなる。私はすべての手続きが完了した時、急に不安に襲われてしまった。


もし会う時間がなくなってから樹液がなくなってしまったら…

もし会う時間がなくなってお互い気持ちが離れてしまったら…

もし会う時間がなくなって…


そんなことばかり考えるようになっていた。もちろん私がそんなことを考え始めれば祐希はすぐに『大丈夫だ』『心配し過ぎだ』と言ってくれる。だけど、やはり不安な気持ちはぬぐい切れないまま卒業式を迎えてしまった。


卒業式の帰り道、私たちは声に出した会話もなければ心の声での会話もないままただ無言で歩いているだけだった。沈黙を破ったのは祐希の方だった。


「沙希、今日、うちに来てくれないか?」


今日寄る約束はしていなかったから驚いたが祐希の言い方も気になり了解して新村家に向って歩き出した。


 祐希の家ってこんなに遠かった?と思うほど遠く感じながら歩いていた。以前ならあっという間に到着していたはずなのに。喋りながら楽しく歩いていたからかな?行くと言ったのになぜか楽しみより不安でいっぱいになっていた。そんな私の気持ちに気付いた祐希は、


「そんなに不安になるなよ。また妄想大王が復活して俺、沙希を襲う妄想でもしてるのか?」


と笑顔で言って来た。気を遣ってくれているのが良く分かった。私も、


「そうかも♪久々に聞いたわ、妄想大王」


と言って笑った。祐希はいつでも私の不安を少しでも取り除こうとしてくれる。その優しさは付き合い始めた頃より増している気がする。そうだ!離れ離れになったってお互いの心が繋がっていれば何も心配することなんてないんだ!と気持ちを切り替えようとした。


でもやはり不安な気持ちが完全に晴れたかと言えばそうではなかった。

 祐希の家に到着した。最後に来たのは樹液をもらいに来た去年の10月頃だったから5ヶ月ぶりだった。なんだか懐かしささえ感じてしまった。


「入って」


祐希に促され家の中に入った。

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