第20話 進路A面

 私の通っている高校には夏期講習と言うものはない。あるのは、強化講習と言って大学受験を視野に入れたもので各大学別に受講出来るようになっている。1年生の頃は具体的な大学別ではなくレベル別になっていたから参加したが、2年生になると大学別になり私はどの強化講習も申し込まなかった。担任に言われた大学も一応調べてはみたがどこの学部も魅力を感じなかったから。


「私はどこの大学を受験するんだろうなぁ。そろそろ本腰入れて調べなくちゃダメだろうなぁ。とは言っても将来の目標も決まってないし、調べようがないか・・・」


私は部屋でいつの間にか溜まった大学からの資料を見ながら呟いた。どこを見ても魅力に感じるものはなく、何故大学に行かなくてはいけないのか?と言う疑問さえ感じていた。今の時代、大学を卒業してもなかなか希望の就職先に内定をもらうことが困難だと言う情報は入って来ている。


だからみんなとりあえず大学に進学して、在学中に将来を決めるらしいが、たった2~3年で将来の希望など見つかるのかさえ疑問だ。4年生になればすぐに就職活動を始めなくてはいけないし、今決まっていないものが大学に入っただけですぐに決められるとは思えない。


だからと言って大学院に進んだり研究室に残ったりと言う選択肢は私の中にはなかった。

 そう言えば小さい頃はたくさん夢を持っていたなぁとふと思い出した。アイドルにも憧れたし、ケーキ屋さんにも憧れた。幼稚園の先生もいいなぁと思っていた時期もある。


私の夢はいつだって長続きせず次から次へと変わっていった。それが今はどうだろう。変わっていくどころかひとつも浮かんで来ないのだ。この夏休み中、数回は祐希と逢ったが祐希は行きたい大学があるらしくその大学のオープンキャンパスや体験授業などに積極的に参加しているから頻繁に逢ってはいなかった。


気付けば夏休みも残りを数えた方が早いほどしか残っていなかった。


前期はあんなに頻繁に一緒に居たのに逢わなくなれば連絡すら取らない日々が続いた。私が思い描いていた交際とはかなり違う方向へと進んでいたのが分かった。それでも私が祐希のことを好きな気持ちは変わらないから不思議だ。祐希はどうなのだろうか?それすら聞くことも出来ずにいた。


 毎日勉強は続けた。勉強しかやることがないのと、学校には行かないからいろんな授業内容が聞こえて来ることもない。黙々と自分のペースで教科書を進めるしかなかった。時々近所の進学塾の前を通っては授業内容を聞き、帰宅してから聞こえた内容が何年生向けだったのを確認したりする日々だった。将来の夢がないことがこんなになんの予定も立てられないなんて知らなかった。


 そんな日々を過ごしていたが、気晴らしに駅の方の図書館に行った時、ふと気になる光景を目にした。それは、年配の男性がふらふらと歩いていた光景だった。今までだったらおそらくその光景すら目に入らなかったと思うが、今日は何となく気になってしまった。


年配の男性は『ここはどこだ?家はどこだ?』と心の中で繰り返しながら歩いていたのだ。どうやら自宅に帰れなくなっていた様子だった。私は気付いた時にはこの男性に声を掛けていた。今までだったら考えられない行動だったがなぜか今日は声を掛けなくてはいけないと思ってしまったのだ。


「すみません。何かお困りのことでもありましたか?」


なんと声を掛けたらいいか分からなかったが自然とこんな言葉を言っていた。男性は少し驚いたように私を見ながら、


『やっと迎えに来たのか?ずっと待っていたのに遅かったな』


と心で思っていた。なのに、


「何も困ってませんよ」


と言って来たのだ。そしてまたふらふらと歩き出してしまった。


『どうして?迷子だよね?どうして困っていないなんて言うの?』


と私は疑問に思った。そして思い切って、


「ここは駅の近くの図書館の前ですよ」


と声を掛けてみた。


「駅?」


男性は驚いた顔をしていた。そして、


「なぜ私は駅に連れて来られたんですかね?」


と聞いてきた。誰かに連れて来られたと思っているようだった。そんな時に役所からの行方不明の放送が流れた。特徴はまさに目の前に居る男性そのものだった。私はすぐに駅の交番に走った。本当はその男性も一緒に来てほしかったが無理に連れて行こうとしてもただでさえ不安な気持ちでいっぱいになっていると言うのに余計不安になってしまうと思ったから自分だけで交番に急いだ。そして交番で、


「今放送された方に似た方があちらの図書館前に居たんですが・・・」

と伝えた。お巡りさんが一緒に来てくれて男性を見付け、色々尋ねて行方不明の方本人かもしれないとなり、交番に連れて行ってくれた。その時私も同行するように言われたが、面倒になるのは分かっていたのでそのまま急いでいると断った。しばらくして再び行方不明の保護の放送が入って無事に本人だと確認されたようでホッとした。


その時、私の中に何か、凄い衝撃と言うか疑問と言うか確信と言うかいろんな感覚が突然現れた。


心の声を伝えられずに困っている人が他にも居るんじゃないか?

言葉に出来ずに悩んでいる人が他にも居るんじゃないか?

せっかく私には条件付きではあるけれど人の心が読める力があるんだからこの力をうまく利用して誰かの役に立てる仕事があるんじゃないか?


そう言えば小さい頃、幼稚園の先生が黙っている園児にそっと寄り添い時間をかけてその子から泣いている理由を聞き出していたことがあったとなぜかこのタイミングで思い出した。


うまく言葉に出来ない人の手助けが出来たら、一人で悩んだり苦しんだりする人が少しでも減るのではないか?

そういうことが出来る職業は何だろう?


と考えると医学や心理カウンセラーなどが思い浮かんだ。医者ではなく患者のサポートが出来る職業や、地域でもいいから相談したい人の手助けが出来る職業!


私、心理カウンセラーになりたい!


こんなきっかけで学びたいことが見つかるとは思っていなかったが無性に心理学が学びたいと思い、興奮すら感じていた。

 私はすぐに家に帰ろうと思った。本当は図書館で気晴らしになりそうな本を借りようと思っていたが、そんなことをしている時間がもったいないと思うほど興奮していた。何年も将来の夢なんてなかった私。


こんなにあっさりと夢を見付けられるなんて。これを両親に伝えたらまた高校受験のような喧嘩になるかもしれない。でも今回は目標もなく勢いで志望校を決めようとしているわけではないのだから高校受験のようにはならないと信じ、家へと急いだ。


 帰宅後、すぐにパソコンで大学を検索してみた。国公立でも私立でも心理学と言う名前ではないものも含めるとかなりたくさんの大学が出て来た。レベルや何を中心に学ぶのかなど色々調べ、数校をピックアップした。その中でこれからオープンキャンパスがある大学もあり、私は行ってみることにした。やはり大学は目標が決まらなければ決められないものだと改めて実感した。目標が決まればこんなに早く大学を見付けられるのだから。

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