第19話 脱無掲示?A面

 翌週、いつものように一日が始まった。

私はお母さんからもらった瓶をカバンの中に入れて登校した。まだ心の声は聞こえているから先週新村の家に行った時の効果がまだ続いているとは思ったが、前回は突然聞こえなくなってしまったので万が一のことを考えて常に身に付けていようと思っていたからだ。


本来、香水類の使用は高校では禁止されているが、能力のない人には感じない香りだと言うので私は耳の後ろに少しだけつけることにした。そしていつも通りの生活をしようと心に決めていた。


『おはよう』


後ろから新村の声がした。それが声に出していたのかどうか判断出来なかったけれど私は振り返ってすぐ近くに居たら声を出そうと思った。


「おはよう」


新村はすぐ後ろに居た。新村は今までと変わらない笑顔だった。私も思わず嬉しくて笑顔になった。普通の高校生の、普通の登校風景。私が憧れていた高校生活だった。もちろん高校に一歩入ればそこは勉強勉強と言われることは分かっていたが登校の間くらいは私が思い描いていた高校生で居たいと思った。


「この前は来てくれてありがとな。母さん、すっかり沙希のこと気に入っちゃってさ、沙希が帰った後もずっとご機嫌だったよ」


新村はサラッと私を呼び捨てにした。


『そうだ!私たち、下の名前で呼ぼうと決めたんだった』


そう思い出した瞬間、自然に顔がにやけていくのを感じた。


「ん?顔、緩んでるぞ」


新村・・・いや、祐希は私の気持ちを分かっていてあえて楽しそうに私の顔を覗き込んだ。


「悪趣味!」


私はにやけた顔のまま祐希に体当たりをした。


 高校に近付くとその高校に通う生徒たちが多くなる。中には同じクラスの子も居る。私たちに気付いていたクラスメイトも居たが、みんな声もかけずに校門の中に入って行った。


相変わらずクラスメイトは祐希の脱落を望んでいたが、不思議と私は前ほど悲しい気持ちにはならなかった。進学校の運命だと冷静に受け止めることが出来ていた。この数週間で私自身、自分の立場を理解したのかもしれない。動揺していた頃が懐かしくさえ思えた。


『余裕だな。頼もしいよ』


祐希は心の中でそう言った。私はニッコリと微笑んで返した。

 教室に行く途中の廊下。先週金曜日の放課後テストの結果が貼り出されていた。祐希は安定の1位。私は安定の無掲示。今まで通りに戻れていた。それが嬉しくて自然と足取りも軽くなった。教室に入ると、


『古村の2位は偶然だったのか?』

『良かった。古村が上位とか凹んでたんだよな』

『古村、これから大変だな。今までずっと無掲示だったのに…』


教室の中は祐希の話題ではなく私の話題ばかりが聞こえていた。えっ?今までずっと無掲示だったのに?今日も無掲示だったよね?私は教室から聞こえて来た心の声の中に気になる声を聞いて首を傾げたくなった。冷静に考えよう。今日は無掲示だったよね?と言うか、1位、2位しか見てなかったけど・・・まさか!


私は慌ててもう一度廊下に出た。そして、劣等者の一覧を探した。やはり私の名前はなかった。一瞬ホッとしたがそれと同時に恐る恐る上位者の方ももう一度丁寧に確認し私の名前が20位に書かれているのを見付けてしまった。


上位者の最後の一人。祐希が最初の一人で私が最後の一人の欄。私は動揺した。順位は違えど二度も上位者に名前が載ってしまったのだ。無掲示を貫いていた私としては例えようのないくらいのプレッシャーに襲われていた。


 金曜日は誰の答えも聞いていない。聞かないようにして自分の力だけで問題を解いた。なのにどういうことなんだろう?何が起きたんだろう?頭の中はパニックだった。


『沙希が頑張ったってだけだろ?別にパニックになることなんて何もないと思うが・・・』


一人で廊下に出て来たつもりだったが祐希も一緒に付いて来てくれていた。


『いやいやいや!ずっと頑張って来てたよ。だけど一年以上も無掲示常連者だったんだよ。今までと変わった勉強はしてないんだけど…』

『いや。今までとは違うんだよ』


祐希は何かを知っている様子で言った。


『違うって?』

『俺さ、今まで塾だの家庭教師だのって使ったことないって言ってたろ?必要ないんだよ』


祐希の意味深な言い方に私は、


『どういうこと?』


と聞いてみた。


『いつでも学校にいる間はどこかしらから授業の内容が聞こえて来る。何をしていてもどこに居てもだ』


私は祐希の説明に、


『ああ。そうかも!』


と納得した。


『毎日毎日違う教室の声も聞こえて来てて自分が受けている授業中でも別の授業内容が聞こえて来る。そのうち繰り返し学習みたいな状態になっていつの間にか覚えてるって感じ』


説明を聞けば聞くほど頷けた。


『うん。確かに言われてみたらそうだね』


私がそう言うと、


『多分沙希も知らない間にいろんな授業が聞こえてたんだと思う。で、自分だって勉強するだろ?それが予習だと思ってやっていた問題でも実は復習状態になってたんだと思う。予習やってても今までみたいにまるっきり分からないって状態にはなってなかったんじゃないか?』


祐希はそう尋ねてきた。祐希に言われて、納得した。確かに最近は復習も予習もやけに理解しながらやっていた。予習の時の違和感はそのせいだったのかと気付かされた。繰り返し学習がこんなに効果があるとは思いもしなかったがこんな形で証明されるとは思ってもみなかった。


 祐希に言われてその日の授業中を意識していた。なるほど!やっぱり自分のクラスの授業以外も聞こえて来ている。これが繰り返されていたから自然と繰り返し学習の状態になっていたのだと実感した。私は自分のクラスの黒板をノートに書きながら他の教科も学習すると言う凄技に感動さえ覚えていた。そして勉強を楽しく思えてもいた。今までの苦痛は何だったんだろう?と思うほど楽しかった。


 それからは順位も上位者内で変動するのが定番になっていた私は恋も勉強も充実した生活を送った。そして、2年生前期も終了し夏休みに入り進路に向けての三者面談がやって来た。私は志望校が決まっていなかった。


進みたい学部も何も決まっていない。高校受験の時とまるで変っていない自分に呆れているほどだった。


 三者面談では担任からの成績報告、生活報告などがあり本題の進路の話題になった。


「古村はどこが志望なんだ?」


イヤミ沢が聞いてきた。進路希望調査票には未定と書いて提出してあるのにさすがイヤミ沢だと思いながらも、


「まだ、決めていません」


と素直に答えた。


「親御さんはどのようにお考えですか?お子さんと家では話し合いをしていますか?」


イヤミ沢は私の答えなど最初から当てにしていないかのように母親に話しかけた。母親がまだ具体的な相談はしていないと伝えるとイヤミ沢からとんでもない提案が出された。


「古村さんは2年生になり、かなり実力が上がりました。なので国公立も狙えると思います。この成績から学部を決めて第一志望にし、別の学部を第二志望、第三志望にして受験すればどこかの学部には合格できるだけの実力はあると思います。早めに目標を決め、準備を始めることをお薦めしますね。受験勉強は早く始めれば始めるほど成果が出ますから。ご家族でよく話し合われて目標の設定をお願いします」


まぁ、無茶なことを言って来たぞと私は呆れた。もちろん自分にそんな実力がないことも分かっているし、何より自分が将来何になりたいのかさえまだ決めていないのに大学を先に設定すると言うのも疑問だった。


その大学の中の学部から選び、その学部で学ぶとどんな職業に就けるのか?から調べろとでも言いた気だった。要は進学先の大学がいかにレベルの高い大学かが高校としては重要で、生徒ひとりひとりの将来のことなどは二の次だと言うのはあからさまに伝わって来た。


1年生では具体的な大学など言われなかった。2年生になると具体的な大学名を言われ、勧められるのかとうんざりしてしまった。何より担任の企みがすべて聞こえてしまうせいで何一つ素直に受け入れることが出来ない自分が居た。そして、三者面談は終了し、本当の意味で夏休みに突入した。

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