第17話 不思議な香り③A面

「ほ~~~んとに二人とも可愛い♪」


お母さんは照れる私たちを見てとても楽しそうだったが、私は顔から火が出そうという表現にピッタリなくらい顔が熱くなっていた。


「母さん!」


耐えきれなくなり新村が言った。


「ごめ~ん。でも、沙希ちゃんがすごく不安だったから。私だって沙希ちゃん気に入っちゃってるから祐希と離れてほしくないし、祐希の気持ちもちゃんと伝えておかないと沙希ちゃん、不安になっちゃうでしょ?大事なことよ」


お母さんはそう言ってにっこりと微笑んだ。その笑顔に私は心から癒されているのを感じた。邪心がないと言うか、本心から大事なことだと思って言ってくれていたのが伝わって来たからかもしれない。


「ありがとうございます。私、祐希くんに嫌われちゃったって思って、本当に不安でした」


思わず私も本音を口にしてしまった。隣で新村が驚いた顔で私を見ていたのは分かったが、恥ずかしくてとてもまともに新村の方を向けなかった。お母さんはそんな私たちを見ながら続けた。


「沙希ちゃん、この能力のこと、ちゃんと説明するね。新村家は代々この能力を持って子供が生まれてくる。それは、いつからなのかは実はよく分からないらしいの。そして、この家に嫁いだ者も同じように能力が身についてから新村家の人間として認められる」


お母さんは、人差し指を立てながら説明してくれている。その説明の仕方がなんだかとても可愛らしかった。


「正確にはさっきも言った通り、この香りの効果が続く間だけなんだけどね。理由は分からないらしいの。そして、この能力の必要性もハッキリとは分かっていないらしくて」


今度は、その人差し指をあごの横につけながら言った。これもまた可愛い。


「ただ、能力を絶やしてはいけないので生まれて来る子が確実に能力を持って生まれて来られるようにと昔から新村家には一年中この香りが漂っていて両親どちらもこの能力がある状態にしているらしいの。どこかで能力を持たない子供が生まれた時点で新村家は絶えてしまうらしいの。私もね、詳しくは分からないし主人に問い詰めても仕方ないと思って深くは聞いていないんだけどね。」


お母さんは自分が知っていることを私が不安にならないような言い方で教えてくれた。そして更に続けた。


「ただ、主人が話してくれる内容はなぜか信じられて、言いつけを守らなくてはって思っているの。沙希ちゃんと似てるでしょ?沙希ちゃんも祐希が言ったこと、全部信じてくれたでしょ?新村家にはそういう人が引き寄せられるらしいの」


お母さんは、そう言うと再び新村を見ながらニコニコした。


「あ、でも、そんなに責任感じることはなくて、例えば付き合う二人が何かが原因で別れたとしてもそれは問題ないのよ。言い方は悪いかもしれないけど、必ずまた別の人と巡り合えるようになっているらしいから。能力を絶やしてはいけないと言う重い使命はあるけれど、使命のために恋愛するわけではないからね。この家の人間が誰かに恋をするのは他の家庭で育った人たちと何も変わらない自然な流れでのことだから。」


平凡な家庭に育っていた私としては、何かの物語の中のフィクションではないかと思うようなことをお母さんは真剣な顔で説明してくれた。フィクションではないかと思いながらもその話は不思議と疑うこともなく心にスーッと入って来た。


と同時に、そんな運命の下で生まれて来た新村家の人々は辛かっただろうなと思ってしまった。恋愛は他の人と変わりなく始まるとお母さんは言っていたが、その恋愛になるまでの過程は、おそらく他の人には想像も出来ないほどの苦労があるだろうと思ったから。


新村だって今まで何度も恋愛に辿り着きそうになったことがあると思う。でも普通は好きになったら告白すればいいとなるところ、告白する前に好きだと伝えるより大事な事実を相手に伝え、理解してもらわなくてはいけないと言う過程がある。


私は信じてしまったが、信じてくれず気持ち悪いと感じる人も居たのではないか?私は以前新村に、「俺のこと、気持ち悪くないんだ。変わってんな。」って言われたことがあったことを思い出した。苦労して来たんだろうなと想像すると、とても切なくなってしまった。


「沙希ちゃんは本当に素敵な人ね。優しい人だわ。」


お母さんは言ってくれた。


「あの・・・私、人の心が分かるようになった時にはとても混乱しました。でも祐希くんはこの能力も悪いことばかりではないと教えてくれました。そして、祐希くんが言ったことは本当でした。でもいいことばかりではないことも経験出来ました。聞きたくなくても聞こえてくる心の声は時には苦痛だったと思います」


今度は、私が感じたことを伝える番だと思い、今までのことを話すことにした。


「それでもそれを受け入れ、前向きで。それってすごいことだと思います。私も少しでも祐希くんの気持ちに寄り添いたいと思っていた矢先に心の声が聞こえなくなって。今度は聞こえないことにとても混乱しました。この先、祐希くんに寄り添えなくなるのかという不安とか、私に気を遣って私から離れて行ってしまうのではないかという不安とか、他にもいろんな不安に襲われていました」


話し始めたら、自分でも止められないくらいどんどん伝えたいことが溢れてきた。


「でも今日お母さんの話が聞けて本当に良かったと思っています。私は祐希くんの役に立てるか分かりませんが、私にとって祐希くんはとても大切な存在です。逢ったばかりなのにこんなこと言うのもおかしいと思われるかもしれませんが、これからもっともっと祐希くん、この家のことを知りたいと思っています」


どさくさに紛れて、この家のことを知りたいなんて図々しいことまで飛び出してきて、自分でも驚いていたが、それでも伝えたい気持ちは止められなかった。


「使命とか忘れるくらい楽しく過ごせたらいいなって。どちらかが辛かったら支え合えたら素敵だなぁって。恋愛とか初めてだからよく分からなくて正解とか分からないけど、これからもずっと一緒に居たいです」


私は逢うのが二度目のお母さんに一体何を言い出しているんだと自分でもビックリしていたけれど、なぜか自分の気持ちをしっかりと伝えたいと思ってしまった。黙ってニコニコしながら聞いてくれていたお母さんを見ていたらどんどん伝えたい言葉が溢れて来てしまった。


私の言葉を聞いていた新村の心の中もとても穏やかに私の話を聞いてくれているのを感じられていたから素直に自分の気持ちが溢れて来たのかもしれない。すると、


「俺さ、今まで人と関わるのが面倒だと思ってた。自分の能力を人に言う気もなかったし、言ったところで理解してもらえるとは思ってなかったから」


新村は静かな口調で言った。私はずっとお母さんの方を向いて話していたが新村の方へと向き直した。新村も私の方を向いて続けた。


「だけど古村と出会って、なぜか古村には素直に伝えられて。古村は疑いもしないしバカにしたりもしなかったのが嬉しかった。こういう人っているんだなぁって初めて知った。自分で勝手に他の人と線を引いていたのかもしれない。今は、相変わらず人とは関わらないけど古村と居ると昔みたいに人と線を引いている気持ちではなくなった。ただ、自然な流れで話さないだけ・・・みたいな感覚になってた。能力のこと、今日初めて聞いたこともたくさんあったけど、改めて受け入れようって思った」


と素直な気持ちを伝えてくれた。


お母さんはそれを聞いて少し複雑な気持ちになっていた。嬉しさと切なさとあとはなんと表現したらいいのか分からないような感情もあった。ハイテンションなお母さんではない部分の母の顔、みたいなものなのかもしれない。


 しばらく沈黙が続いた。その間、心の中も誰もが【無】だった。その沈黙を破ったのはお母さんだった。


「はぁ~、スッキリした♪沙希ちゃんにちゃんと話さなくちゃってずっと思ってたからね。」


お母さんはとても優しい笑顔で言ってくれた。その言葉に私も素直に反応出来た。


「ありがとうございます。あの・・・質問してもいいですか?」

「なあに?」

「私、毎日ここにお邪魔出来るわけではないんですけどまたしばらくしたらみんなの心の声が聞こえなくなっちゃうんですよね?どうすればいいんでしょうか?」


素直に疑問をぶつけてみた。お母さんは、


「私はね、付き合っていた時に香水代わりに付けてたわよ。この香りはこの家の地下で出来ているの。植物の香りでね、日光に弱いから地下室で代々育てられてて、その植物が出す樹液がずっと溜まっているの。この家は昔からその樹液を家中に循環させているんだけど外に出る時には私たちみたいに能力がない者は持ち歩いてるのよ。沙希ちゃん、良かったら持って帰って」


このいい香りは植物の香りだったのかと私は思った。なんの植物なんだろう?と疑問もあったが、もともと植物に詳しくないのであえて植物の名前を聞こうとは思わなかった。


「私、もらっちゃっていいんですか?」


私はお母さんに尋ねた。


「もちろんよ!だって、またいつ沙希ちゃんが不安になっちゃうか分からないでしょ?それにね、私たちのいい点は人の心が聞きたくないなぁって思ったらこの香りを吸わなければいいって点でもあるの。でも聞きたいって思った時に方法がないのはやっぱり不安でしょ?だからいつでも持ち歩いていればいいわ。効果は人それぞれって言ったでしょ?沙希ちゃんはどれくらい効果が続くのかまだ分からないけどそのうち分かって来るから。自分でコントロール出来るのは私たちだけの特権だって思うと気持ちがラクよ♪」


お母さんは、自分が過去に悩んだり不安だったりした経験があるからこそ私の気持ちも分かってくれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る