第14話 コントロールは難しいA面
翌朝、昨日の体調不良が嘘のように元気に目が覚めた。とは言っても放課後テストを台無しにしてしまった罪悪感は残ったままだった。新村の話だとホッとしていたクラスメイトの方が多かったらしいが、やはり中には腹を立てているクラスメイトが居るのも事実なのだから学校に行ったら謝ろうと覚悟を決めていた。
学校の支度をしてリビングに降りて行くと母親が、
「行けるの?」
とだけ声を掛けて来た。
「うん」
私も一言だけで答えて出来上がっていた朝食を摂り、登校した。
「おはよう」
家から少し歩いたところで声を掛けられた。新村だった。
「おはよう。どうしたの?」
私はビックリして尋ねた。
「昨日の様子見て心配してはいけませんか?お嬢様」
新村は少しおどけて言って来た。私を和ませるためだ。
「アハ。たっぷり寝たら元気になった♪ありがとう」
私も出来るだけ明るく伝えた。新村には何もかも聞こえてしまうので余計なことは考えず思ったことを伝えるだけでいいから気持ちはとても楽だった。そして自分自身、意外と表裏がないことに気付いたのも新村と知り合えたおかげだった。私がいつも通りだと分かると新村もホッとしたようだった。
『心配かけてごめんね。テストの時、他の人の声を聞かないようにしようって思ってたところまでは覚えてるんだけど、そっちに集中したら問題文が理解出来なくなっちゃって焦って、そのまま倒れたみたい。なかなかうまくいかないもんだね。少しずつコントロール出来るように頑張るよ!』
今朝起きて昨日を分析した私なりの答えを新村に伝えた。新村は、
『時間はかかるかもしれないけど、コントロールは出来るようになるらしい。母親も同じような悩みがあったらしい。ただ違うのは母親が父親と知り合ったのは社会人になってからだったらしいから、古村みたいにテストの答えが聞こえて来てしまう・・・みたいな状況は経験がないらしい。今日はちょっと用事があるみたいで家に居ないからまた今度家に居る時に声かけるな』
『そうなんだ。もう大人になってからこの状態になる方が大変だったんじゃないのかな?想像だけど大人の社会の方がもっと面倒くさそうだし。お母さん、大変だったんだね。あんなに明るいのに…』
『あんなに明るいから乗り切れたんじゃないかな?』
『なるほど!』
周りから見たら私たちはどんなふうに見えるんだろう?無言で並んで歩くだけの二人。仲がいいのか悪いのか分からない状況に見えるんだろうな…なんて想像すると少し気持ちが楽しくなれた。声に出してもいいんだけど何となくこのまま心の声で話していたい気分になった。
学校が見えて来ると少し緊張した。昨日の件を謝らなくてはいけないと思っていたからだ。
『謝るの?』
新村が聞いてきた。
『うん。やっぱり謝らなくちゃ。英田とか、どこにも名前が載らないのは悔しかっただろうし他のクラスメイトもホッとしている人も居たかもしれないけど、やっぱり怒ってる人も居るってのは事実でしょ?』
『そっか。古村は本当に律儀だよな』
『えっ?これ、普通じゃないの?』
『古村家では普通なんだと思う。いいと思うよ、そういうの』
『なんか、うちが普通の家庭じゃないみたいに聞こえるけど…』
『そんなこと言ってないけどな。それ言ったらウチなんてどうなるんだよ。完全に普通じゃないし』
『アハ。お互いさまってことか!』
新村は茶化しながら私の気分を上げてくれているのが分かった。私も謝ると覚悟を決めて家から出て来たのだからちゃんと決めたことはやろうと決意した。
教室に入る前の廊下。昨日の放課後テストの結果が出ていた。私たちのクラスは本当に誰の名前も書かれていなかった。こんなこと、今までもあったのかな?他のクラスの子の名前をよく覚えていない私としてはもしあったとしても気付かなかったのかもしれない。
しかし今回は1位の名前がまず違う。そしてずっと1位に君臨していた英田の名前もどこにもない。となるとやはり廊下は少しざわついていた。そのざわつきを横目に教室に入った。
入って、誰も見ていないのは分かったが、ドアのところですぐに、
「昨日はごめんなさい!みんなの努力が無効扱いになっちゃって」
と自分なりに大きめの声で伝えた。中にはこちらを向いてくれた子も居たが、声を掛ける子は一人も居なかった。けど、
『うわっ!謝った!別にわざと倒れたわけじゃないのに』
『別に気にしてないし。むしろ気が楽になったから感謝だわ』
『もう大丈夫なのか…今日も倒れたりするのかな?』
などなど、みんなの気持ちはいいことも悪いことも普通に聞こえて来た。私は、今日自分が教室に入って最初にやるべきことをクリア出来て少し気持ちが軽くなれた。自分の席に着くと机の中に昨日のテストが入っていた。
「無効のテストだけどやっといた方がいいと思って入れといた。途中までは解いてあったしね。先生には机に入れること言ってあるから大丈夫」
私の席の前に座っているクラスメイトが声を掛けてくれた。
「ありがとう。みんなのは?」
「みんな持ち帰った」
「そうなんだ。入れといてくれてありがとう」
新村以外でこんな自然な会話をしたのは初めてだったのに不思議と緊張せずに話が出来た。それはその子の心の声も同じことを言っていたからだったかもしれない。一斉にいろんな声が聞こえた時には気付かなかったけれど、もしかしたらこの中にも私に考えが似ているクラスメイトも居るのかもしれないな、とふと思った。
基本会話がない高校で生徒同士が話すのは行事がある時くらいで、一年以上もこの高校に通っていて、こんな他愛もない会話など一度もしたことがなかったことに今更気付いた。今回のことは考え方を変えれば良かったことだったのかもしれない。
とは言え、今日も同じように倒れるわけにはいかない。
今日は気合いを入れて放課後テストに臨まなくては!と改めて気合いを入れた。
嫌なことがあとにある時の一日の早さったら腹が立つほどだった。あっという間に一日が終わり放課後になってしまった。私は何度も深呼吸をした。イヤミ沢はいつものように無言でテストを配っている。クラスメイト達もいつものように無言でそれを前から後ろへと回していく。無言…と言っても当然だが心の中の声は様々だった。
『昨日と同じ問題にしてくれたら良かったのに』
『今日も誰か倒れて無効になってくれないかな?』
『今日こそ一位を奪還する!』
あっ、これは英田だ。いつも頑張ってるんだろうなぁ…なんて誰が誰の声かまだ判別出来ないなりに内容から分かる声に関してはツッコむ余裕が今日はあった。
でも問題はテストが始まってからだということは分かっている。この心の声たちが一斉に問題を解くモードになった時にどれだけ無視して自分で考えられるかで、多分私の今後が決まると言っても過言ではないような気がしていた。
平均でいい。
上位でも下位でもなく安定の無掲示に戻りたいと本気で思っていた。その為には自分が分かる問題は解いて、分からなかった問題は誰が答えを思い浮かべても決してそれを書かないと心に決めていた。そして、テストは始まった。
最初はみんな問題を理解しようと黙読した内容しか聞こえて来なかった。やがて先を解き始める生徒も出て来て意外と問題文がバラバラに聞こえて来た。もしかしたら今までもそうだったのに自分から分からなかった問題を解いている人の声を探していたのかもしれない。それが分かると自分が解いている問題に集中することが出来た。他の人の声は聞こえて来るが今まで通りにほぼ近い状態で考えることも出来た。
人間と言うものは自分の置かれた立場に順応していこうとする力が備わっていると、昔読んだ本に書かれていたが本当にその通りなのかもしれないと改めて実感した。昨日のようなパニックにはならず、自分のペースで問題を解けたし、自分の力で考えられた。
テストが終了し、新村が私のところに来てくれた。
「帰るか。」
とだけ言ってくれた。
「うん。」
私もそれだけ言って二人で教室を出た。
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