第13話 親の心②A面
どれくらい経ったか分からないがようやく声が聞こえるようになった。自分が椅子に座った状態ではなく、見えるのが天井、つまり横になった状態だと言うことに気付いた。慌てて起き上がるとそこは保健室のベッドの上だった。保健士さんが気付いてくれて、
「気が付いた?」
と声を掛けてくれた。
「あの・・・私、どうしてここに?」
素直な疑問だった。放課後テストを受けようとしていたところまでは記憶があるがそれ以降の記憶がなかったからだ。
「テストの最中に意識がなくなって倒れたみたい。クラスメイトがここまで連れて来てくれたの。勉強も大変かもしれないけど睡眠はしっかり取るようにしないとまた倒れちゃうわよ」
保健士さんはそう教えてくれた。
「クラスメイト?」
頭がまだボーッとしていたがそう聞いてみた。
「廊下に居ると思うから呼んで来るわね」
保健士さんはそう言うと保健室のドアを開けて、廊下に声を掛けた。
「気が付いたから、入っていいわよ」
「はい」
廊下の声が短く返事をした。その声は間違いなく新村だった。新村は保健室に入って来ると、
「大丈夫か?いきなり椅子から真横に落ちて行ったぞ」
と言った。私はまだ頭がボーッとしていて声が出せなかった。
「帰れる?」
新村は続けて言って来た。私は首だけで「うん」と答えるのが精一杯だった。保健士さんも歩けそうなら、もう帰ってもいいと言ってくれたのでベッドから降りて立ってみた。どうやら歩けそうなので帰ることにした。
「ありがとうございました。失礼します」
何とか声を振り絞ってお礼を言うと新村に支えられながら保健室を後にした。
「私、倒れたの?」
廊下で新村に聞いてみた。
「うん。いきなりだった。全員固まったよ。で、テストは中止になった。明日の結果発表にうちのクラスは全員書かれない」
新村の言葉が予想外で、私は焦った。
「他の人たち、怒ってなかった?私のせいじゃん」
私は立ち止まって、新村に聞いた。
「それがさ…なんかみんなホッとしてる方が多かった。みんなもキツイんだよ。毎日のテスト。もちろん怒ってる奴もゼロではなかったけど意外にも少数だった。中には中止って言われて喜んでた奴も居る。古村に感謝してた奴も居た。倒れた奴に感謝とかひどいけどな」
私が倒れた時の状況を詳しく教えてくれた新村の言葉に、少し納得する部分もあった。
「そうなんだ。なんかさ…急に誰の声も聞こえなくなったなぁってとこまでしか覚えてないや。なんで倒れたんだろう?」
「疲れてたんだと思う。今日、母親が古村と話がしたいって言ってたんだけど朝会えなかったし。廊下で見かけたらあんな状態だったから言えなくて。結局今になっちゃったんだけど…今日はやめとくな。まっすぐ帰って寝た方がいい」
私は、新村がお母さんに相談してくれていたんだと嬉しくなった。頭も少しずつスッキリして来たけれどやはり今日はまっすぐ帰宅した方がいいような気がして、そのことを新村にも伝えた。新村も納得してくれて家まで送ってくれた。
「明日、来られそう?」
家の前で新村が聞いてくれた。
「多分大丈夫だと思う。あのさ…、声聞き過ぎて疲れたことって新村は経験ある?」
「いや…俺は慣れちゃってるけど、母親はやっぱりあったみたい。そういう経験も話したいって言ってたから元気になったら古村の辛いこと、全部話してみた方がいい。俺には理解できない部分があるから。悔しいけど俺より母親の方が今の古村の力になれると思うし」
「そっか。うん。ありがとう。元気になったらお邪魔するってお母さんにも伝えておいて。今日はすみませんでしたって」
「分かった。明日、もし無理そうならノート届けるわ」
「休むの前提?大丈夫だよ、今まで休んだことないから。…あっ!」
「何?」
「今日こそ聞こうと思ってたことがあったんだ!新村の連絡先、教えてほしいんだけど」
私は今朝逢ったら聞こうと思っていたことを思い出した。テストの結果を見てすべてが吹き飛んでいたみたいだ。
「なんか急に元気になったな。いいことだけど。古村の番号、何番?俺、今掛けるわ」
新村はそう言うとスマホを取り出して準備した。私は、声に出さずに伝えた。私のスマホがブルブルと震えた。見ると番号が通知されて鳴っていた。
「それ、俺!そう言えば交換してなかったもんな」
「うん。これで連絡取れる♪ありがとう」
「じゃあ、なんかあったらすぐ連絡し合おう」
「うん。じゃあ、家に帰るね。今日はありがとう」
「おう!お大事に」
新村はそう言うと手を振ってその場から離れて行った。私はそれをずっと見送って、やがて角を曲がって見えなくなってから家の中に入った。
「ただいま」
私がそう言うと母親は、
「おかえり。一人で帰れたの?学校から倒れたって連絡あったんだけど迎えに来ても今はまだ寝ているのでって言われて」
珍しく心配そうに言ってくれた。
「大丈夫。友達がここまで送ってくれたから」
私が言うと、
「そう。友達が出来たのね。昨日から調子悪そうだけど病院行った方がいいんじゃないの?明日行って来なさいよ」
といつも通りの素っ気なさがなぜか戻って来た。
「大丈夫だけど今日はもう寝る。明日は学校行くから病院は行かないよ。保健士さんが寝不足だって言ってたし寝れば治ると思う」
そう言って私は自分の部屋に向かった。
『寝不足になるほど勉強しなくちゃいけない学校なのね。いい学校だけどあの子には辛いんじゃないかしら?』
母親の心の声が聞こえてなんだか嬉しくなった。やはり親は親なのだ。言葉に出さないだけで子供のことは心配してくれているのだと改めて知った。
母親の優しい面に心地良さを感じ、私はそのままベッドに倒れ込んで爆睡した。
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