第11話 初恋②A面
授業が始まり、いつものように集中しようと心掛けた。昨夜は勉強なんて集中出来ないと思っていた私だったが、教科担当教諭の今日の授業スケジュールみたいなものが聞こえて来て、次に何をすべきなのかが明確に分かり驚いた。
まだ発していない言葉を先読みして教科書を確認する時間、まだ黒板に書かれていないものを先読みして自分のノートにまとめる時間も出来た。今までは書かれてもすぐに消されていてノートは殴り書きが精一杯だったのがこれほどまでに気持ちに余裕が出来るものかと感動すら覚えた。
もちろん教諭以外のクラスメイトたちの焦っている声、予習がうまく出来ていた喜びの声なども入って来るが、不思議と授業中は教諭の声が他の声よりも大きく聞こえている気がしてクラスメイト達の声はあまり気にならなかった。多分、普通の学生たちが授業中小声でおしゃべりをしているような感覚だろう。忘れかけていた中学校時代の授業風景にそれは似ていた。
新村が言った通り、悪いことばかりではないかもしれないと言う言葉が立証された気がして動揺はもうほとんどなくなっていることに気が付いた。この日一日は集中力も切れず、あっという間に終わった。そして、最後の集中の時間、つまり放課後テストの時間に私は再び動揺した。
テストが配られた後のイヤミ沢の、
『これは一年の時に出した問題と同じ問題だ。こいつらがどれだけ復習をしているか確認出来る。なんて主任には言ったが昨夜はテストなんて作ってる時間なかったから慌てて思いついたテストなんだよな。どうせこいつらには気付かれないだろうし。先ばっか見てるこいつらにこれ以上時間なんて費やせねぇし』
という心の声が聞こえたからだ。
「始め!」
イヤミ沢の声に一同がテストを表に返してテストを解き始めた。すると、あちらこちらから、
『あれ?これ、一年の時の問題と同じだ。ラッキー』
『何これ?高見沢先生、手抜きか?』
『担任、バカじゃね?俺がこんな初歩問題忘れてるとでも思ってるのか?』
『先生、やめてくれよ。これじゃ高得点でも優秀者に入れない。ちゃんと仕事しろよ!』
と、イヤミ沢の企みはものの見事に失敗に終わった感想が聞こえて来た。実際私が見てもサービス問題だと思えるほど簡単な問題だった。そして、回答しようとするとあちらこちらから答えが聞こえて来てしまった。
この答えと自分の答えが同じなら問題はないが、自分が忘れていた問題の答えが聞こえて来た時には自分がカンニングでもしているかのような錯覚に襲われた。聞こえて来た答えから問題を解くとその答えが明らかに正解だと確信した時、その答えを書いていいものかどうか悩んだ。
誰のものも見ているわけではないが、明らかに実力ではない。誰かにそのことを指摘されることはないだろうがそのまま書いていいのか良心との葛藤に襲われた。
『別に書いてもいいんじゃね?答えから考えてその答えに納得したのは古村の導いた答えと同じことだ。そんなの考えてたらテストの時間終わっちまうぞ』
クラスメイトの声に紛れて新村が言って来た。さすがにテスト中に新村の方を向くことは出来なかったが、
『私の答えとして書いてもいいのかな?』
と聞いてみた。新村はいいと答えて来た。かなり良心は痛んだが、私はクラスメイト達の答えを参考にしながら回答してしまった。
テストが終わり、言葉で言い表せないような罪悪感しかなかった私に、
『お疲れ!帰ろうぜ!』
と新村がすぐ横に来てくれた。私の罪悪感を感じ取っているのか、いつもより優しい温かさを感じた。
帰り道、私は一日の疲れとテストの罪悪感からか言葉が浮かばなかった。新村は、ずっと黙ったまま隣を歩いてくれていた。しばらくして、
『悪かったな。古村はこの能力を持たない方が良かったのかもしれないのに。この先も辛いことがあるかもしれない。この能力がなくなる方法、親に聞いてみる。今まで、俺はこの能力がなくなった方がいいとか考えたことがなかったけど、今日改めて考えさせられた』
新村の声は少し沈んでいた。さらに後悔のような言葉が並んだ。
『俺と関わらなければ古村がこんなに辛い思いをすることもなかったのかもしれないな。後先考えないで関わって悪かったと思ってる。古村から話しかけられて、自分の能力を伝えても不審がられなくて、すげぇ嬉しくて、古村とこうして話が出来るようになった時にも柄にもなくはしゃいでる自分が居て、どんどん古村が気になって、気付いたら好きになってて…』
「ストーーーップ!」
私はいつも新村が止めてくれるのを真似して声を掛けた。新村は驚いた顔になっていた。きっといつもは私がこんな顔をしていたのだろうと思ったら急に気持ちが明るくなって笑い出してしまった。笑っている私を見て新村はさらに驚いた顔になっていた。
「今日のことは正直予想外で動揺したけど、後悔とかはしてないよ。この能力は、ちゃんと使えばきっと素敵な能力だし今日みたいな使い方ばかりじゃないはずだし。次からはもっとちゃんと正しい使い方をする。だから、そんなに自分を責めないで。新村の予想だとお互いが好きにならなければあとから身につくことはないんでしょ?それって私も新村のことが好きってことなんだよ。私は新村の声が聞こえた時、本当に嬉しかったもん。」
心の中ではなくきちんと声に出して伝えなくてはいけないと思って、私は新村を見ながらしっかりと伝えた。
どちらか一方が好きだけでは成立しないこと。
私だって新村のことが好きなことは間違いないし、正直な気持ち。
新村の心の声だけ聞こえるなんて都合のいい能力ではないことは新村から伝わって来ていたことだけど、いざ自分がいろんな人の心の声が聞こえた時には怖くなることくらいちょっと冷静に考えれば分かったはずだったこと。
急に聞こえるようになってどうしていいか分からなくなったけど、今日一日過ごして少し落ち着いてきたこと。
もちろんまだ慣れてはいないけどきっと慣れて来るだろうし、使い方だって自分なりに身につくはずだとその時は変な自信みたいなものが湧き出ていたこと。
新村は黙って聞いていてくれた。その顔はとても優しくて私の気持ちをさらに穏やかにしてくれた。
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