第10話 初恋①A面
何とか朝食も摂り、学校に向かった。
しかし周りからは誰の心の声なのかも分からないくらい複数の声たちが私を襲った。
高校がいつも以上に遠く感じた。早くたどり着きたいのに足が前に進んでいないような感覚にも襲われていた。確かに歩いていて前には進んでいるのに歩いても歩いても高校には辿り着けないのではないかと言う不安でいっぱいになった。
『古村?おはよう。・・・どうした?顔が真っ青・・・てか、真っ白だぞ』
複数の声たちの中に、私が一番聞きたかった声が聞こえた。私は周りを見回して探した。その声は私の前から近付いてきた。前を歩いていた新村にさえ気付く余裕がなかったみたい。私は、
「新村!どうしたらいいのか分からなくて!昨夜からずっと逢いたかった!」
思わず声に出して大胆に叫んでしまった。周りを歩く人たちは私たちを見ながら通り過ぎたり、あえて見ないようにしていたのが分かったが、今はそんな周りにまで気を遣えないくらい余裕がなかった。
「何があった?」
新村も声に出して聞いてくれた。私は昨夜帰宅してからのことを話しながら高校へと向かった。もちろん声には出さずに心で会話しながら。
新村は昨夜からの出来事や私の不安な気持ちにずっと同調してくれた。そして自分は物心ついた時からその状況だったから突然この状況になった時の動揺や不安などが正直分からないとも言っていた。
確かにそうだろう。生まれつきのことは誰だってその状況のまま成長しているだろうからうまく付き合う術を自然と身に付けていく。でも私の不安は伝わって来ると言ってくれた。
突然この能力が身についた経験者は自分の母親しか知らないから母親にも当時のことを聞いてみると言ってくれた。私はとても嬉しかった。気が付くと新村に会う直前までの不安な気持ちがかなり落ち着いていた。
いつの間にか目の前には高校が見えていた。やっとたどり着けたという安堵感からか、さっきまで全身が冷たく感じていたのに熱が戻って来たような感触を感じていた。
教室に入るといつもと変わらない光景が広がっていた。登校している生徒は全員席に座り勉強をしている。誰が教室に入って来てもそちらには目も向けずひたすら勉強を続けている光景。その光景はいつもと変わらないのに、今日はいつもとは大きく違っていた。
『あいつら、来たのか』
『新村、早く脱落しないかな?』
『古村の奴、新村を味方につけて勉強教えてもらってんのかな?うまくやりやがったな』
誰も教室のドアに目を向けていないのに誰が入って来たかは分かるものなんだと驚いた。中には本当に誰が入って来たのか興味がないクラスメイトもいた。昨日予復習出来なかったと後悔する声、塾の宿題が終わっていないと嘆いている声、意外にも好きな人がいるクラスメイトもいた。
ほとんど会話をしないこの教室の中の心の声は私が想像していた高校生活にほんの少し近い話題が溢れていたことに初めて気が付いた。みんな感情を抑えて勉強に集中していたのだと分かると、なんだか心の声が聞こえたら怖いとか集中出来ないとか想像していた気持ちが少し和らいできた。
『みんな普通の高校生で私と変わらないんだ』
と分かったらなんだかホッとした。
『悪いことばかりじゃないだろ?たまにはいい声も入って来たりするんだ』
新村が自分の席に向かいながらそう言って来た。
『うん。まだ全然慣れてないけど、昨夜よりかなり落ち着いてきた』
私も席に向かいながらそう答えた。
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