第9話 受け入れるしかないの?

 部屋に入り、クッションに座り込んだ。今起きたことを新村に伝えたいと思った。でも連絡先を交換していないことに気付いた。どうすればいいのか分からず、ただただパニックになっていた。身体が勝手に震え出した。新村の家で、お母さんの思っていることは確かに聞こえなかった。


だから私には新村の心の声しか聞こえないのだと思っていた。それが、こんな短時間で父親の心の声が聞こえるようになっているなんて信じたくなかったというのが本音だった。


あのまま食卓に居たら父親だけではなく母親の心の声も聞くことが出来たのだろうか?確認したかった気持ちと怖くて確認したくない気持ちが入り混じっていた。このパニックは自分一人では処理出来ないがどうすることも出来ずそのまま膝を抱えてクッションに横になった。


 しばらくして、


「風邪かしら?もうすぐ定期テストだっていうのに自己管理が足りないのよね。友達と話してて遅くなったとか言ってたけど勉強してたって言ってくれた方が嬉しかったのに」


と母親の声が聞こえた。いや、多分心の声だと確信した。そしてドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


私が返事をすると母親はドアを開けながら、


「具合はどう?」


と聞いてくれた。


「まだ落ち着かない」


私は横たわっていたクッションから起きながら答えた。


「お風呂、どうする?」

「明日の朝にする」

「そう」


 そう言うと母親は部屋から出て行った。今の会話から、やはりさっきの自己管理が足りないとか云々はドアの向こうで言いながらノックしたのではなかったと確信した。


と言うことは母親の心の声も聞こえるようになっているということになる。私は増々パニックになった。とは言えこの状況を何とか出来る方法など浮かぶわけもなく、今日はこのまま寝ることにした。


目を閉じてもバクバクは落ち着かず、むしろ大きくなっているような気がしてちっとも眠ることは出来なかった。ベッドの中で何度も寝がえりを打っていると、父親の心の声、母親の心の声が次々と聞こえて来て余計眠ることが出来なくなった。


耳をふさいでも聞こえてくる声たち。新村はいつもこの苦痛に耐えて生活して来たのかと考えただけでもずっと辛かっただろうと切なくなった。そして私はいつの間にか眠ることに成功していた。


 朝が来た。

昨夜はほとんど眠れず、寝不足の時になる頭痛が私を襲っていた。息をするだけで激痛が頭全体を締め付けた。それでも昨夜お風呂に入っていなかったから、無理矢理ベッドから起き上がり風呂場へと向かった。


『あら?起きたのかしら?もう治ったのかしらね?』


母親の心の声が聞こえて来た。私は頭痛に耐えながら黙ってそのままシャワーを浴び始めた。シャワーから出るお湯が当たるだけでも頭は痛かった。それでも我慢して浴びた。やっとのことでお風呂から上がり、着替えて髪を乾かしている間も母親の心の声はずっと聞こえていた。


『学校は行けるのか?』

『朝食は摂れるのか?』

『病院に行くくらいひどいのか?』


と、次から次へと聞こえて来たが、言い方は冷たいがどれも間違いなく私を心配しているものばかりだった。普段、会話が少ないせいか私は色々誤解していたかもしれないと少しばかり反省した。


心の声が聞こえるということは大半が苦痛かもしれないが、こういう発見もあるのね。ドライヤーなどで周りの音が聞こえにくくても心の声は鮮明に聞こえることも分かった。と同時に、こんなの学校でも聞いていたら授業になんて集中出来ないという不安に襲われた。


 新村は授業なんて聞こえていないのかもしれない。塾にも行っていないと言っていたが、ならばどこで勉強してあの成績が取れるのだろうか?と言う疑問も湧いてきた。昨夜まで頑張って勉強すると意気込んでいた私だが、この現状の中、勉強に集中することは無理だと予測出来た。毎度思う「次こそ優秀者の中に」と言う決意同様、あっさりと目標を手放した。

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