第7話 真逆の親子A面
何度もキスをしている時、新村が急に私から離れた。
「どうしたの?」
私が聞くと、
「母さんが帰って来た」
新村はそう答えた。そうか、私はまだ新村以外の人の心は聞こえないのか。今は新村の心が分かるだけで十分だったけど、母親が帰って来たという現実に我に返り、急にキスが恥ずかしくなり顔を手で隠したり、あおいだり、立ったり座ったりと落ち着きのない行動をしてしまった。
「大丈夫だよ。家に入った瞬間にはこの部屋に俺だけじゃないってことはばれてるから急に開けたりはしないから。とは言っても俺も急に照れ臭くなった。母親に会ってく?会うの、気まずかったらうまく誘導するけど」
普段冷静な新村が、珍しく動揺している。新村も照れているんだ。そんなに動揺したら、余計私も照れる…
とは言っても、私がいることが分かっているなら逃げるようにして帰るのはイヤだった。
「新村がいいならちゃんと挨拶するよ。帰って来てるの分かってて黙って帰れないもん」
私がそう言うと、
「…ヤバい。そういうのサラッと言うのやめようぜ。嬉しくてニヤける。これ、母親に全部伝わってるからきっと面白がられてる…」
新村は、両手で自分の顔を挟みながら言った。
でも、そんな仕草より新村の言葉に私はさっき以上に動揺した。
「えっ?お母さんに全部バレてるの?どこから?」
「どこからとか言わない!どこからかは正直分からないけど…あるいは全部の可能性も…」
「えっ…全部の可能性って…それ言われちゃうと挨拶するの照れるんだけど。」
「だよな。どうしようか?」
「でも私が居るのは分かってるんだもんね。やっぱり黙って帰ることは出来ないよ。ちゃんと挨拶して帰る」
「うん…分かった。今日は本当に来てくれてありがとう。あと、これからもよろしくな」
幸せいっぱいのひとときから一転して現実に引き戻された私たち。それでもこの現実から逃げてはいけない気がして、新村のお母さんに挨拶するために大きく深呼吸をして心を落ち着かせてから、新村と一緒に部屋を出た。
新村が先頭で階段を降りようとしたら、お母さんはニコニコしながら階段の下から顔を覗かせていた。
「えっ?何してんだよ、部屋に居ればいいのに…」
新村の照れた言い方が可愛すぎて思わず笑みがこぼれてしまった。
「こんばんはぁ♪祐希の母です。古村さん、下のお名前は?祐希から全然聞こえて来ないんだもの」
階段の下からお母さんが言って来た。私は新村の後ろから顔を出し軽く会釈をしながら階段を降り切ったところで、
「初めまして。古村沙希です。祐希くんとはクラスメイトで仲良くしてもらっています。今日はお留守の間にお邪魔してしまいすみませんでした」
と伝えた。するとお母さんは、
「沙希ちゃんって言うのね♪初めまして。
あ~もう、なんて可愛いのぉ♪祐希が初めて連れて来たお友達がこんなに礼儀正しくて可愛いなんてお母さん、嬉しいわ。祐希、見る目あるじゃない」
と新村とはまるで正反対のハイテンションで答えて来た。
『新村はお父さん似なのかな?』
なんて失礼にも思ってしまった。
「そうなのよぉ。祐希は父親似。と言うかこの家の男たちはみんなこんな感じなの。よく言えばクールだけど悪く言えば暗いのよねぇ~。でも男はこのくらいがちょうどいいでしょ?私ね、祐希の父親と初めて会った時には結婚するなんて想像もしてなかったのよ。暗いし、人と関わろうとしないし。祐希もそうでしょ?でも沙希ちゃん、よく付き合ってくれたわね。お母さん、ホントに嬉しいわ」
私はお母さんの返事で自分が心の中で思ってしまったお父さん似と言う言葉に本気で後悔した。そんな私を見てお母さんは嬉しそうに微笑んでくれていたから救われた気がした。
「母さん、初対面でそのテンションは古村だって困るだろ。もう遅いから送って来る」
新村はそれだけお母さんに伝えると、
「送るから、行こう」
と私の手を引いて玄関に向かった。
「あ、あの、お邪魔しました!」
私は振り向きながらお母さんに会釈して伝えて新村に引っ張られるままに新村家を後にした。
「お母さん、優しそうな人だね。すごく明るい人でビックリしちゃったけど。新村からは想像出来なかった。でも人の留守中に上がり込んで何してたの!とか怒られなくて良かったぁ」
玄関を出て私が言うと、
「あのテンション、最初は引くだろ?悪かったな。あれ、家族だけの時でも誰かが居てもあのまんまなんだ。俺たちは気にならないけど他の人はぶっちゃけ露骨に引いてる人も居たからなぁ」
新村は恥ずかしそうに頭を抱えながら言った。
「私は羨ましいと思ったよ。ウチの両親は二人とも厳しい人でね。逃げ道がないって言うか、父親と衝突した時には母親は父親側について一緒に私を攻めるし、逆の時もそうなの。なんかの本で逃げ道がない子供は歪んだ性格になり人の顔色を見て過ごすようになるとか書いてあったんだけど、それを両親に伝えたところで何も変わらないと思うから言わなかった。私がしっかりして歪まなければいいだけだって思って。でも人の顔色を見る…ってのはあるかもしれない。そういう家庭だから新村の家が羨ましく思えたよ」
親のことなんて誰かに話したことなかったのに新村には素直に言えた。
「古村の家、厳しいんだ。俺が遊びに行ったら怒鳴られるかな?」
「う~ん、どうだろう?女の子の友達すら呼んだことないからいきなり男の子連れて行ったらどんな反応するのか想像もつかない。そんな日が来るとかも想像したことなかった」
私の言葉に新村は、
「古村・・・」
と真顔で言った。
「ん?」
「想像くらいしとけよ。妄想大王はそこまで妄想してくれなかった?いつどうなるか分からないだろ?俺、古村の家にも遊びに行ってみたいぞ」
新村はずっと真顔で、でもどこか呆れているようにも見える表情で言った。
「えっ?マジで?」
想像もしていなかった言葉につい言ってしまった。
「ダメ?」
新村はちょっと寂しそうな顔で聞いてきた。
「いや、考えてなかった。ハハ…」
私は急に恥ずかしくなって笑うしかなかった。
「今すぐじゃなくてもいつかは…ってことで考えてシミュレーションしといてくれよ」
新村がため息をつきながら言うから私は、
「頑張る…」
としか言えなかった。
「弱いなぁ…」
新村は軽く笑いながら言った。
「ごめん…」
私は自分でも弱いと思っていたからこの言葉しか出て来なかった。
帰り道、そんな会話をしながら我が家に一歩一歩近付いて行った。私の家は高校から徒歩圏内。そう言えば新村の家も徒歩圏内だった。学区が違うから今まで一度も会ったことがなかっただけで実は自宅はそう遠くなかったことに気が付いた。学校を挟んで真逆の方向にあるだけでこんなにお互いの存在を知らずに過ごすものなんだと改めて思った。
我が家が見えて来た頃、
「私の家、あの青い屋根の家なの。もうここで大丈夫だよ。ありがとう」
と言うと、
「家まで送らせて。何となくそうしたい気分なんだけど。ダメ?誰かに見られたらまずい?」
新村はいつになく消極的な言い方をした。私に気を遣っているのがひしひしと伝わって来た。新村の心の中はドキドキが止まらない様子だった。家まで送ってもらうなんて想像もしたことがなかった私もドキドキしていた。
もちろん新村に言われたように誰かに見られるかもしれない心配もあったけど、それよりもここまで送ってもらえた喜びの方がはるかに大きかった。だから家の前まで送ってもらえるならそっちの方がいいに決まっていると思っていたが、逆に新村が誰かに見られたら困るんじゃないかと思っていたので家より少し離れたところまでにした方がいいと思って伝えてしまったことを後悔した。
「まずくない。新村が良ければ私は嬉しいっ!」
素直にそう伝えた。新村は何となく嬉しそうに微笑んだ。初めて会った時の鬼の形相はもうそこにはなかった。
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