第6話 告白したら付き合いがはじまるの?A面
どれくらい過ぎただろう。沈黙を破ったのは、新村だった。
「やっぱそっか…古村は俺のことが好きなんだな。これでようやく謎が解けた」
瞬間冷凍されていた割りには、意外と普通なご意見で私の熱さもスーッと消えて行った。
「とりあえず私、なんだか告ったみたいなんだけどさ。サラッと流されたのかな?」
「あ、いや。流したわけじゃないんだ。多分、俺も古村のことが好きだから。お互い愛情があればこの能力は引き継がれるんだって分かって納得できたって言うか」
「そっか。お互い愛情があればねぇ」
「うん。やっぱ今日ここに連れてきて話が出来て良かったよ」
「だね。謎が解決できるとすっきりするもんね」
「あぁ。ありがとうな、来てくれて」
「いえいえ、どういたしまして…で、何?この展開?」
「ん?何って?」
「おかしいでしょ?お互いサラッと告って、サラッとめでたし、めでたし・・・みたいな流れ」
私は思わずツッコまずにはいられなかった。そんな私のツッコミを聞いた新村は、
「なんで?」
と真顔で聞いてきた。
「えっ?何?おかしいのって私?いまどきってこんなアッサリ告るのが普通なの?」
「さぁ?俺、誰にも告ったことないし付き合ったことないし。分からないよ」
「私も分からないけどさ。なんか、違う気がするんだけど…」
「えっ?じゃあ、どうすればいいの?告ったら付き合いが始まるの?」
「いや…どうだろう?どうすればいいんだろう…」
「てか、付き合うってそもそもどんなだよ。」
「…」
「…」
ふたりとも再び、沈黙してしまった。
『そうなんだよ。付き合ったことがないから告った後のことなんて私の中では妄想大王に任せていた知識しかないんだよ。こいつに任せていると私は襲われちゃうんだよ。そうは絶対にならないから、どうすればいいのか分からないんだよなぁ』
気付くと新村も私も自分だけの世界で格闘していた。
新村の『自然でいいんだ。今まで通りでいいんだよ!』と言う心の声がまるで声に出されているかのようにハッキリ聞こえてる私としては余計気まずくなっていた。
多分、私の妄想大王との格闘も新村には聞こえているだろうからややこしく混乱してるんだろうな。申し訳ない…
私は、
「そう!今まで通りでいいんだってば!」
とあえて声に出して言ってみた。新村もその言葉を待っていたとでも言いたげに表情が分かりやすく明るくなった。
「そうだよな!今まで通りでいいんだよな!」
新村のホッとしたような言い方になぜかちょっと複雑になっている自分がいた。人生初の【好き】と言う感情を、こんな不自然に今まで通りでいいと思い込んでいいものなのだろうかと。
とは言っても正直【好き】と言う感情が本当にこういうものなのかどうかさえ私には分かっていなかった。それこそさっき新村に言われた「告ったら付き合いが始まるの?」と言う疑問だって答えは分からなかったのだから。
お互い相手を好きだと思っていても付き合うということはどんなことなのか分からない私としては、今まで通りでいるしかないだろうということは何となく分かった。男女間の友情が成立するかどうかは分からないが、今はラブの感情ではなくライクの感情なのかもしれない。
今まで友達と呼べる相手が居なかった私としては本音で話せる唯一無二の存在が新村だということは確信していた。大切な存在であることは間違いないのだからこれも【好き】と言えると結論し、自分の中ではこのサラッとした告白劇もめでたしめでたしで幕を下ろそうと心に決めた。
明日からも今まで通りでいいのだと自分に言い聞かせた。それなのにスッキリしないのは何故なのかがこの時の私にはまだ分からなかった。
色々考えていたことはすべて新村に伝わっていることは分かっていたが、私の結論に新村も賛同してくれた。
「なんか、悪かったな。変なこと言っちゃって」
新村の口調が何となく寂しそうだったのに私は何も言えずにいた。新村は続けて、
「でも今まで付き合う前の段階で心が読み合えた事例を知らなかったし、両親も詳しく教えてくれなかったから俺自身ずっとモヤモヤしてて。両親も時期が来れば自分で分かるって言うだけで何も教えてくれないしな」
と言った。私はまだ何も言えない。情けないけれど言葉が浮かんで来なかった。
「今日、古村が来てくれて色々考えてくれて何となくだけどこの力が引き継がれる過程みたいなものが分かりかけてきた気がする。ホントにありがとう」
新村が一生懸命言葉を考えながら言ってくれているのに私はなんていえばいいのか全然思い浮かばず、必死で考えていると、
「俺さ、今まで人と関わらないようにして生きて来てたんだ。前に古村が言った通り、本音が分かるから関わるのも疲れるって言うか、本音で生きてる奴なんてほとんど居なかったからな。わざわざ疲れる付き合い続けるよりひとりの方が気が楽だって思えて。誰かとつるんでてもつるんでなくても結局いろんな声が聞こえて来てたのには変わりないけど、関わらない方が圧倒的に自分のことを言われることは少なくなるからな」
声に出していても心の中ででも新村の声はいつも穏やかだった。その声を聴いているだけで私自身も穏やかになれるのを感じていた。
新村の本音を声で聴いてずっと辛かったんだと想像していたら涙が止まらなくなって焦ってしまった。慌てて涙を拭いてもどんどん溢れて来て止まらなくなってしまった。新村が困っているのが分かったがこれ以上困らせたくないと思えば思うほど涙は止まらなくなってしまった。
「ごめん!なんか、急に出て来ちゃって…なんでだろ?自分でもよく分からない。もぉ~どうなっちゃってるんだろうね?ホントにごめん。大丈夫だから!そのうち止まるから!気にしないで。私、そろそろ帰るよ。ここに居たら新村のこと困らせちゃうから」
そう言って慌てて立ち上がった私の視界が急に下がった。腕を掴まれ下に引っ張られたのだ。下がった視界には、すぐ目の前に新村の姿があった。
そして新村が私を優しく抱きしめた。何が起きているのか全く理解出来なかったが新村の腕に包まれている状況が次第に気持ちを落ち着かせてくれたのを感じた。頭の後ろの方で、
「ありがとう。俺、ライクの方じゃない【好き】だわ。話すだけとか言ったのに無理だ。古村が愛おしくてどうしていいか分からない。ちょっとこのままで居させてくれ」
と震えているような弱弱しい声が聞こえた。でもその声が、新村の温もりが、とても心地良くていつの間にか涙が止まり、私も新村を抱きしめていた。新村の温かくて優しい心の声が全身に伝わって来るのを感じた。
私もライクの方じゃない【好き】なんだと確信した。初めての感情。誰かをこんなにも愛おしく想い、そばに居たいと思う気持ち。こんな感情がこの世にあったことさえ知らなかったのかと思い知らされるほどの衝撃に襲われていた。
今、この瞬間がずっと続いてほしいとさえ思える気持ちに包まれていた。妄想ではない、今、実際に私はこんなに強く抱きしめられている。妄想にはなかった優しい気持ち。これが現実なのだと感じるだけで幸せな気持ちで心が満たされていった。
『何か私も声に出して伝えなくちゃ!』
と思いながら声に出せずにいた私に新村は
『何も言わなくてもいい。ちゃんと伝わってるから。古村が好きだ』
と伝えて来てくれた。
『私もちゃんと言う。新村のことが大好きで。』
実際には言ってないけど私たちなら分かり合える心で伝えた。
どれくらい抱き合っていただろうか?多分そんなに長い時間ではなかったと思うが、時間がとてもゆったりと感じた。苦痛で長く感じているのではなくとても心地良い時間だった。抱き合ったまま私は、
「新村。これからもずっと一緒に居よう。一緒に帰ったり遊んだり、そばに居たいと思った時はそばに居るとか。そういうのが付き合うってことなんじゃないかな?お互いに思いやって今までも過ごしてたけど、もうそれが付き合ってるってことなんじゃないかな?」
と声に出して伝えた。新村も、
「そうかもしれないな。自然な感情のままでずっと一緒に居たいって思う。ヤバいくらい古村が傍にいてくれることが嬉しい。付き合うのに言葉っていらないのかもしれないな」
と声に出して言ってくれた。そして、自然な流れで私たちは生まれて初めてのキスをした。初めてのキスは妄想大王が妄想するような激しいものではなく、優しさに溢れたキスだった。唇と唇が離れるたびにお互いを見つめ合い、再び唇を重ねた。何度も何度も。私は幸せってこういうことなのだと初めての経験をゆったりと感じていた。
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