第5話 はじまりの告白A面

 彼氏いない歴=実年齢の私。


当然、男子の家に行くなんて初めてのことだった。返事をした後になって頭の中は妄想大王に支配された。私の妄想が丸聞こえの新村は、隣で頭を抱えていた。


「大昔のドラマとか映画じゃあるまいし、俺が野獣で古村を襲うのか?だいたい、発想が貧相なんだよ。なんで、男んちに行っただけで襲われるの前提なんだよ。俺には選択肢はないのかよ」

「せ、選択肢って何よ。襲うにしても相手を選ぶってこと?ひどくない?」

「選ぶだろ、普通。じゃあ何?古村の想像通りに襲えって?」

「いや、それは困るけど…」

「俺も困るわ。全く考えてないこと妄想されちまって」

「ごめん…」


頭の中の妄想大王はあっさり撃沈された。とは言っても、やはり撃沈された大王はしぶとく頭の中には残ってるもので、新村の家に近付くにつれて心拍数は上昇していった。それを察したのか、新村は


「今日はやめとく?なんか、こっちまでドキドキしてくる」


と聞いてきた。


「あ、ごめん。大丈夫。免疫がないから変な妄想が。はは…」

「そっか。ちょっと大事な話なんだ。話ししかしないから安心しろ。安心しろってわざわざ言うのも変だけど」

「うん。ごめん。安心する」

「だから…ま、いいや。ここ。俺んち」


そう言った視線の先の家を見て、自然に口がポカンと開いてしまった。洋風の外観は、レンガ造りでここだけ日本じゃないみたい。1階部分が見えないほどの高さの白い塀は敷地をぐるりと囲っている。門は車用の大きな門と人用の門に分かれていて黒い縦格子の中に何かの植物がデザインされている。


「でかっ!何ここ?」

「俺んち」

「そか。新村って金持ちだったんだ。知らなかった」

「なんで、でかい=金持ちになるんだよ。だから発想が貧相っていうんだって。ここは昔から…多分、俺のおじいちゃんのそのまたおじいちゃんくらいから住んでる家だから俺たちが金持ちってわけじゃない。古くて俺はあまり好きじゃない。ま、いいや。入って」


新村にそう言われて頷いて後に続いて入って行った。


「おじゃましま~す」


 玄関を開けると、ホールの広さにもびっくり。同じ高校生がこんなお屋敷に住めて、自分はまだまだローンがたっぷり残ってる家とか、なんだか不公平だなぁと思ってしまったあと、父親になぜか謝っていた。そんな思いも新村には伝わっていただろうけど、そこはスルーしてくれた。


 ホールの先にある階段をのぼり、上がりきった所にはまたホールのような空間があり、広い廊下を歩いて一番奥にあった部屋のドアを新村が開けた。ドアを開けると、きれいに片付いた空間が広がった。


「へぇ~、きれいにしてるんだね。ここって何畳あるの?うちのリビングがすっぽり入るわ。贅沢だなぁ」


私は部屋全体を見渡しながら言った。


「お前は何者だ?お宅訪問のリポーターか?」


新村は私の反応に戸惑いながらも少し笑いながらツッコんできた。


「だって…私の正直な気持ちだもん」

「そっか。まぁいいや。今、なんか飲み物持って来るから適当に座ってて」

「うん」


新村はそう言うと部屋から出て行った。一人残された私は、またまた口をポカンと開けながら部屋の中央からぐるりと部屋を見渡した。

机とベッド以外の家具はすべて壁に埋め込まれているから、余計広々しているんだと本物のお宅訪問レポーターのように分析してみた。


「適当に座ってて…って言われてもなぁ」


床はカーペットだが、クッションなどはなく、テーブルもない。あるのは、机の椅子とベッドくらい。かと言ってベッドに座るのも、何となく気が引けるし、机の椅子なんて座ったら勉強している気分になるし…


ってことで、部屋の真ん中に座って新村を待った。

しばらくして、飲み物とお菓子を持った新村が戻って来た。


「古村…」


古村…の続きは言われなくても分かった。私は、


「だって、どこ座ればいいか分からなかったんだもん。だから真ん中に座ってみた」


と言って、一旦立ち上がった。新村は、机の横からテーブルと座布団を出してきた。


「なんだ。あるんじゃん」


私は、そう言うと座布団を受け取り、テーブルの前に置いた。新村は、私と対面で座った。そして、


「あのさ…」


と新村は座るとすぐに切り出した。私は、知らず知らずのうちに力が入って来るのを感じたが、そのまま黙って新村の言葉を待った。


「古村が、俺の思ってること、分かるようになったのって、もしかしたら理由があるのかもしれないんだけど…」


新村は、どうも言いにくそうに頭を掻いたり、ため息をついたりしながら言葉を濁した。


「なに?でもはっきり分かるようになった実感はないんだけど?」


『そんなに言いにくい理由なのかな?』


私は新村が言いやすくなるように、あえて明るく言ってみた。それでも言いにくそうに、落ち着かない様子で持って来たアイスティーを一気に飲み干した。そして、覚悟でも決めたかのように大きく深呼吸をした後、続けた。


「あのさ・・・古村って、俺のこと好き?」

「はっ?」


全くの予想外の言葉に私は『はっ?』としか思いつかなかった。

そんな私の反応に、


「はっ?だよなぁ。うん。そうだよな」


新村は私の反応に納得したように何度も「そうだよなぁ」を繰り返した。そして、


「別の理由、調べてみるわ」


と言った後、続けた。


「実は、この家の人間は、代々この能力が備わってて、結婚する相手はみんな付き合ってる間にこの能力が備わるんだ。で、なんで付き合ってる間に備わるのかを調べたら…」


新村はまた言いにくそうに言葉が詰まった。何が分かったのか、それがさっきの「俺のこと好き?」に繋がるのかと気になった私は、


「さっき言ったのが理由だったってこと?」


と聞いてみた。


「えっと…うん。そうみたいで…相手がこの家の人間に好意を寄せれば寄せるほど強く備わることが分かったらしい」


新村の声が段々小さくなっていった。照れているのがよく分かったから聞いていた私もドキドキしてきた。


「俺の母さんも最初は普通の人間だった。でも親父と付き合い出したら、能力が備わった。二人が結婚して生まれた俺も備わった状態で生まれてきた。変な能力だってことは分かってる。でもこの家の血筋みたいなものらしい」


と一気に話すと、持ってきていた1.5リットルのペットボトルからアイスティーをグラスに注ぎ、また一気に飲み干した。そして大きく深呼吸したあと、更に続けた。


「なんだか、信じられない話だよな。能力とか、リアルで真面目な顔して話したら絶対引かれるレベルだし。でも古村は最初からバカにしないで聞いてくれた。信じてくれた。だから俺も気が楽になった」


そこまで言うと新村は、再びアイスティーをグラスに注ぎ、一気飲みをした。そして、


「で、今、古村は俺の思ってることが分かるようになったみたいで、でも別に付き合ってるわけじゃないから、俺なりに分析して、付き合うってことは相手を好きになることだろ?だから…」


新村なりの分析を私も考えてみた。でも私の気持ちはどうなのかがまだ分からなかった。もし好きだとしたら新村の分析は納得出来るものだとも思った。私は、


「なるほど。そういうことか。けど、私、新村のことが好きかどうかは正直分からない。でも嫌いじゃない。この程度でも備わることってあるのかな?」


と今思っていることを素直に聞いてみた。


「分からない。てか、ホントにお前はバカにしないで信じてくれるよな」


新村の声はさっきまでの緊張している声ではなく、いつもの穏やかな声に戻っていた。言いにくかったことを頑張って言ってくれたことが嬉しかった。


「だって、新村は嘘つく人じゃないし。ホントのこと言ってるのにバカにされるのほどきついものはないでしょ?」


私は、新村が一言一言考えながら、そして、信じてもらえないかもしれない不安な気持ちの中伝えていることが分かった。

それは、間違いなく新村の心の声が聞こえてる証拠だった。


『ん?てことは、何?私、もしかして新村のこと、好きになっちゃうかもしれないの?もしかしてもう好きなの?ん???好きな人とか出来たことなかったから、感情が分からん。いやぁ~、違うだろ?好きは。友達レベルの…いわゆるラブじゃなくライクです!みたいな?それも好きってことか?えぇ?…』


「ストーーーップ!落ち着け」


新村はいつだって私の暴走を心地良く止めてくれる。いつの間にか、この“ストーーーップ”を待っているとさえ思い始めていた。


 話を戻そう。


そう。私が新村のことが好きかどうか…だったな。正直、本当に分からなかった。でも改めて考えると、好きか嫌いかで答えろと言われれば間違いなく好きと答えると思う。だって、嫌いじゃないから。だから、


「私さ。多分、新村のことが好きだよ」


つい、声に出してそう言ってしまった。新村は…

そりゃ、金縛り状態にもなるだろうね。金縛りって言うか瞬間冷凍?凍りついているって表現の方が正しいかも知れないくらいピクリともしなかった。


「えっ?新村?なんで?私、変なこと言った?…あ、言ったか?」


改めて自分がさらっと告白してしまった事実に気付き、全身が熱湯にでも浸かっているかのように熱くなった。片や凍りつき、片や全身火傷寸前。部屋中に異様な空気が流れてしまった。

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