第2話 不思議のはじまり②A面
『へっ?私?』
私はゆっくりと上を向くと、そこには転入生がムッとしながら立っていた。
教室は一瞬で静まり返った。
なんせ、転入生初のクラスメイトとの絡みが、文句だったのだから。一斉に私はクラスメイトに注目の的。注目され慣れていないから、もうパニックだよ。
『ちょ・・・ちょっと待って!私、いつうるさくした?そりゃ、心ん中じゃいつでもボケたりツッコんだりしてるよ。けど、声になんて出したことない!その私がうるさいってどういうこと?』
「あ・・・あの・・・私が、ですか?」
私は恐る恐る尋ねた。転入生は、それに答えることもなく背を向けて自分の席に戻って行った。後ろ姿でもイラついているのが伝わってきた。
『えぇぇぇぇ?言い逃げ?この空気、どうしてくれるのよ!』
私はそーっと教室を見回した。
まだ、みんな見てる。恥ずかしさと意味が分からないのとで動揺した。結果、次の授業の支度の続きをするフリをするしかなかった。
しばらくして、そーっと目だけを上にあげると、もう自分を見ている人は誰もいなくてホッとした…
いや、正確に言うと、ひとつだけ視線を感じていたが、怖くてそっちは見られなかった。そう、視線は間違いなく転入生だったから。見ている…って言うか、
睨んでる。
この表現がとても正確だと思うような視線だった。
『なんでよ!私が何をしたって言うのよ!わけ分かんないわぁ!』
長い1日が終わり、ようやく私は学校から解放された。すぐに学校の正門を飛び出した。実は、私がこの学校に来たのには親とのちょっとした意地の張り合いからだった。親の行かせたかった高校はあまり行きたいと思える魅力がなかった高校で、
「それならどこに行きたいんだ?」
と父親に聞かれた時、まだ志望校が決まっていなかった私は咄嗟にここを口走ってしまった。
そしてそれを聞いた父親が、
「お前にあんなレベルの高い高校なんて入れるわけがない!」
と頭から決めつけて言ってきたので、
「入れたら?」
と返すと、
「そうだなぁ。お前、欲しいものがあるって言ってたよな?入れたら買ってやってもいいぞ。入れたらだけどな!」
父親の言い方があまりにもバカにした言い方だったのに腹が立った私は、当時、どうしても欲しいものがあったのでなんとも低レベルな取り引きだったが、必死に勉強し、見事合格した。
合格を報告した時の父親の顔はこれまた腹が立つ顔で、「意外な結果だ」「信じられない」と言っているようだったが、合格通知を見せる私は父親に勝てたと優越感でいっぱいだった。
後で知ったことだけれど、合格ラインギリギリだったらしい。ギリギリだろうが何だろうが合格は合格。問題ないと私は自分を褒めた。そして、念願のものを見事に買ってもらった。
動機が不純で入学した私の今の目標は劣等者に入らないこと。
それこそギリギリでもいい。
とにかく劣等者の20人の中に入らなければいいんだから。私のレベルはその程度だと自分が一番よく分かっているんだから。
そんな状態だから正直学校生活はきつい。精神的にものすごくきつい。周りは上に行きたい人間ばかりだし、とにかく〈花の高校生活♪〉みたいなものは一切ない学校だし。昼休みになっても誰かと一緒にお弁当を食べることもないし、誰かと誰かが付き合ったとかいう噂話もない。
話すことは相手が自分より劣ってるところを見つけ出す探りだけ。そんな高校生活が待ってるなんて想像もしていなかったから、実はものすごく後悔していた。それでも親の言いなりになりたくなかったと意地を張ったのは自分だから、諦めて通うしかなかった。
あと2年!
自分にそう言い聞かせながら、学校が終われば一目散にそこから逃げる生活をずっと続けている。
正門を出て、ホッとして歩き出すと前にあの転入生が歩いていた。私は、今日の屈辱を思い出し、急にイラっとして足早にそいつを抜かそうとした。ちょうど真横に並んだ時、
「お前、マジでうるさい!クラスの中で一番目立つ!」
と顔は正面を向いたままだけれど、明らかに私に向けてボソッと言ってきた。私は転入生を睨みつけ、
「さっきもそんなこと言ってたけど、私、何も喋ってないじゃない!」
と文句を言った。すると、今度は私を見て、意外そうな顔で、
「声はうるさくないんだな」
と意味不明なことを言った。
「声は…って何?じゃあ、何がうるさいの?」
私がそう聞くと、転入生は面倒くさそうな顔をして再び前を向き、歩き出してしまった。
「ちょっと!無視なの?人のこと、傷つけといて無視なの?」
私は再度文句を言いながら後を追った。
転入生は、立ち止まり振り向くと、面倒くさそうな顔のまま答えた。
「お前の心の声だよ。ずっと文句言ったり妄想したり、何しに学校来てんの?授業なんてまるで聞いてないし。こっちは聞きたくなくても聞こえて来ちゃうんだから疲れるんだよ」
転入生の答えに私はさらに意味が分からなくなった。
『この人、何言ってるんだ?』
『何?心の声って?』
『読心術でも身につけてるってこと?』
『この人、おかしい人?』
と思ったことをポンポンと心で叫んだ。すると、
「それ!それがうるさいって言ってんだよ。読心術とかそんなんじゃないし、俺はおかしくもない。めんどくせぇからこれ以上喋んな!」
と、さっきより少し声を大きくして言ってきた。私は一切声に出して言ってない。
『ホントに心の声が聞こえる人なの?』
だとしても、
『日頃誰とも喋らない学校生活で何かを思って、時には愚痴ったり怒ったりツッコんだりするくらい、いいでしょ?それをうるさいって否定されたらあの学校で頑張れる気力がなくなっちゃう。2年で転校なんてしたら、他の学校に馴染めるわけないし。こんな進学校から来たことがばれたら、何言われるか分かったもんじゃない。そんなのイヤだよぉぉぉぉぉ!』
私は頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。そんな私を見て転入生は、
「あぁーーーー、悪かったよ。そんなにパニックになって叫ばれたらこっちまで頭が痛くなる!てか、声に出してないのに顔に出てて変な奴に見えるぞ。心ん中で何を思ったって自由だ。でももっと静かに思ってくれ。普通の声がそんなに小さい声なんだったら出来るだろ?なんで、そんなにいつも心ん中では怒鳴ってるんだよ」
と、諦めたような顔で言ってきた。
「そんなこと言ったって、心の声なんて調整出来るもの?悪いなって思うけど私には出来ないよ」
私は転入生の表情や言い方で
『この人、迷惑してるんだ。なんだか悪かったな』
ということは分かった。転入生は、諦めたような顔をして、
「そうかもな。もういいよ。無理なんだろ?俺が慣れるからお前は今までのままでいいんじゃね?」
と言うと大股で歩き出し、あっという間に私から離れて行った。
『なんなのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
その日の夜、転入生の言葉が気になって全く勉強に集中出来なかった。
「読心術じゃないのに人の心が読める能力・・・と」
気付けばネットでそんな言葉を入れて検索している。
結果は、〔人の心が読める本〕〔空気の読み方が分かる本〕などの紹介ばかりだった。
『そんなもん調べたかったんじゃないの!』
私は、あの転入生をもっと知りたくなった。誰とも関わろうとしなかった私が高校2年の春に入学後初めてとなる生徒との関わりを決意した夜だった。
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