2

 その存在は、奥の方にいた。


 ずっと壁を見つめているのは、古い民族衣装に身を包んだ青年だ。


「何故…。何故こんな所に…」


「もしもし?」


 声をかけると、ゆっくりと振り返る。


「ここがどこだか、お分かり…ですか?」


「ああ…。何となくは…」


「では、大人しく行ってくれますか?」


 青年の目が僅かにつり上がった。


「ここへ来てしまったということは、そういうことなんですよ」


 わたしは出来るだけ穏やかに声をかける。


「…だ」


 …ああ、やっぱり。


「イヤだイヤだっ! こんな所へ来るはずではなかった! 私はずっとあの場所にっ…!」


 まあこういう迷子はたま~に来る。


 一つの場所に留まっていた昔の人。


 けれど何らかの力が働いて、追い出されたのだろう。


 追い出されれば、ここへ来るのは必須。


「そうはおっしゃられてもね。きっと戻れませんよ? それにここからも出られません。あなたの行く所は、一つですから」


「…っ! 言うなっ! 小娘!」


「小娘…て言われるほど、わたし、可愛くないんですよ」


 そりゃ彼からすれば、小娘に見えるだろう。


 けど…この身に流れる血は彼より古く、そして重い。


「申し訳ありませんが、あなたはすでに切符を持っていらしているはず。乗ってもらいますよ」


 あたしは制服のポケットから笛を取り出した。


 銀色の細い笛。


 しかし彼は色を変えてきた。


 どんどん濁った黒い色に染まり、形も歪んできた。


 …こりゃ、マズイな。


 よどみとなったモノは伸びたり縮んだりを繰り返していた。


 しかし突如動きを止め、狙いをあたしに定めた。


 あたしは飛び掛るよどみを避けながら、笛を吹いた。





 ピィーーー!





 するとよどみの底が、ぽっかり穴が空いた。


 そこから何本もの黒く長い手が伸び、よどみを捕まえる。


『ぐおおおっ!』


 そして恐るべき力で、よどみを穴の中へ引きずり込んでいく。


「残念ながら、ここまで来て乗車拒否はできないんですよ。―良き旅を」


 そしてよどみは穴の中へ消えて、穴も消えた。


「ふぅ…」


 今日の迷子は二人。


 でもちゃんと送っているんだから、仕事はちゃんとこなせている。


 …マカは毎年、こんなのを相手にしているのか。


 破格のお給料とは言え、ちょっとなぁ…。


 …大学生なんてうまく授業を調整すれば、ヒマとも言える。


 来年も来ようかな、と思いつつ、あたしは駅の中を歩き出した。


 けれど来年、マカは当主の座につく。


 それでもまだ表の世に残り、大学生になるつもりらしい。


 まあマカは頭良いし、不可能ではないけど…。


 通常、当主になれば本家からは動けないはずだ。


 なのに現当主は、マカの表の世に残ることを受け入れた。


 その真意は…。


「何だか周囲が不穏だなぁ」


 …それでも、あたしは生きる。


  表と闇の世の中で。


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