夜/迷子

 ふと、感覚的に何かが引っかかった。


 …この感じは、迷子がいる。


 しかもかなり近くに。


 わたしは迷子の元へ、足を向けた。


 歩いて行くと、目の前に周囲をキョロキョロしている男性を見つけた。


「こんばんわ」


 声をかけると、男性はぎょっとして振り返った。


「どっどこの地下鉄だっ! ここは!」


 必要以上に声を張り上げ、男性は言った。


 黒い服装に身を包み、しかし男性の体からは血の匂いが漂ってくる。


 普通の人間では分からないほど、微かだが…。


「階段を降りたらこんな所にっ…!」


「まあ地下鉄ですから。ここは来られる人が限られているんですけどねぇ」


 極稀に、彼のような人が来る。


「出口を探していらっしゃるんですよね? ご案内しますので…」


「いっいや、このまま電車に乗る」


 …やっぱり。


 まあ何となくは予想できる答えだ。


「…ご乗車ですか。では少々お待ちください」


 わたしは腰に付けていた機械を取った。


 そして操作すると、機械から小さな切符が出てくる。


「こちらをどうぞ。乗車券です」


「あっああ、いくらだ?」


「こちらは乗車券ですので、お支払いは降りられた所でお願いします」


「そうか。ところでどこから乗ればいいんだ?」


「こちらです。ご案内いたしますので、ついてきてください」


 わたしが歩き出すと、男性も歩き出した。


 そして数分も経たない内に、細い階段の前に来た。


「こちらを降りられると、目的の場所まで行けますよ」


「あっああ…」


 いまいち納得して無さそうな顔で、男性は降りて行った。


 …あの切符は、先程の老女が持っていた切符とは種類が違う。


 でも男性は自ら電車に乗ることを決めた。


「ちゃんと説明を求めればいいのにね」


 小さくなっていく男性の背中を見ながら、わたしは呟いた。


 さて…、まだ迷子がいるみたいだ。


 わたしは踵を返し、感覚に引っ掛かる所を目指して歩き出した。


 しかもコレは…ちょっと厄介だ。


 深くため息をつき、肩を鳴らした。


 少し気合を入れていかなきゃ。


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