5-9

 結局ギリギリではあったものの、何とか時間通りに辿り着くことができた。とりあえずサナ子さんたちに迷惑をかけることもなく、演奏前にきちんとリハーサルや準備をする時間は取れそうだ。

 ツヅライさんの演奏はほんの十分程度だったようだが、そのおかげでだいぶ街は落ち着きを取り戻したようだった。隙を見て運営委員会の人たちも上手く動くことができ、喧嘩や暴動はほとんど鎮火した。これで問題なく演奏に臨めそうだった。

 客席は当然のように満員で、その外からも溢れた人たちがステージを見つめていた。周辺の建物からも、窓を開けて覗く人の姿が多く見られる。全部合わせるとどのくらいになるのだろう。軽く数千人はいそうだ。こんなに大勢の人たちが一か所に集まっていること自体、目にするのは初めてだった。

 僕たちはスタッフの案内を受け、ステージ裏にある控室へと入る。控室では待ちくたびれた様子でリョウスケさんとケンさんが僕たちを迎えてくれた。

「サナ子はあいつと一緒にいる。ここには来られないが、どこかから見てるって言ってたよ」

 彼女は僕たちの音楽を兄に聴かせるために、わざわざ病院から連れ出してきてくれたようだった。おそらく少し落ち着いたところから見てくれるつもりなのだろう。

「お前ら、サナ子から話は聞いてるよな?」

「話……?」

 僕らは何のことだかわからずぽかんとしてしまう。四人ともぴんと来ていない。そんな僕たちの反応を見て、リョウスケさんは呆れ顔で頭を抱えた。

「流石のあいつも言ってると思ったんだけど、まあらしいっちゃらしいか。ここに来るまでに、やたらとモニターやらスピーカーやらが置いてあったろ?」

 言われてみると、街の至るところで見かけたような気がする。実際そのおかげで。ここに来るまでもツヅライさんがあちこちから聞こえてきた。普段はなかったはずだから、このフェスのために設置されたものだろうが、一部ライブの中継として使われていたものを覗いて、ほとんどが特に使われている様子はなかった。

「あれ全部に、お前らの演奏と映像が流れることになってる」

「へ?」

 彼の言っている意味がわからず、僕はあほらしい声を漏らしてしまう。

「それだけじゃないぜ。テレビやラジオ、街頭モニター、個人のスマホ、音楽機器まで、ありとあらゆるところを電波ジャックして、とにかくお前らの音を流しまくる。流石に全国ってわけにはいかないから、範囲はせいぜいこの街と、隣のシブヤくらいだけどな。それでも相当な数の人に届くはずだ」

 つまり、サナ子さんたちがやっていた『Seek Your Rock.』のように、僕らの演奏を勝手に流そうということらしい。何とも無茶苦茶だったけれど、この人たちならやりかねないし、きっとできてしまうのだろう。

「これはサナ子の案なんだ」

 元々このフェスは、ロック禁止法に対するアンチテーゼの意味があった。しかしそれをロックが栄えるこの街だけで完結させてしまっては、あまり効果は期待できない。それならば、この国の音楽の中心地であるシブヤにこちらから押しかけてやろうじゃないか、というのが、サナ子さんの目論見だった。

 今回は『Seek Your Rock.』のときとは違い、シブヤにも多数の協力者を配置して、万全の態勢で臨んでいるそうだ。これによってロックの存在を再び世に知らしめることができれば、ロックの再興も夢ではないということで、みんな意気込んでこの作戦に賭けていた。

「でもなんで僕たちなんですか……?」

 そういうことならもっと適材はいたはずだ。言ってしまえば考えるまでもなく、サナ子さんたちがやればいい。彼女たち以上にその役目にふさわしいバンドはいないだろう。

 僕たちは特別上手いわけでもなければ、絶大な人気があるわけでも、凄まじいカリスマ性があるわけでもない。自分の音楽に自信を持っているつもりだが、流石に無理があるのは自分でもわかる。

『世界を変えられる音楽なんて、この世界にはごまんとある。でも本気で世界を変えようと思ってる音楽ってのは、実際はそんなにないんだよ』

 彼女はそう言っていたらしい。その悪戯っぽい無邪気な笑顔が簡単に想像できた。

『お前たちは世界を変えるんだろ?』

 僕は彼女にそう挑発されているようにも思えた。僕だって一人のロックミュージシャンだ。ここまで言われてしまったら、引くわけにはいかない。

「まあでも俺が思うに、もっと単純な話だと思うけどな」

 リョウスケさんが言うには、彼女の語ったことはすべて建前で、本心は別にあったんじゃないかという。

「あいつはただ、弟子に花を持たせてやりたかっただけなんじゃねえかな」

 本当のところはわからないけれど、僕はその言葉が一番嬉しかった。

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