5-6
合宿の後半一週間は無理を言って曲を作る時間に当てさせてもらった。まだ課題は山積みだったが、それ以上に曲を作りたい、作らなくてはいけないという想いが強くあった。
今の曲もすべて全力で作ったものだし、間違いなく自信のあるものばかりだ。しかし、それでもまだ足りないと思ってしまった。世界に届き、兄に届き、そして自分自身に届く曲を作る。きっとそれが必要で、それは今の僕にしかできない。
僕は自分との対話を繰り返し、自分のすべてを知ろうとした。それはつらく、苦しく、途方もない作業だった。矛盾や、捩れや、虚像にぶつかり、知れば知るほど自分という存在がわからなくなっていく。その中で見つけた小さな欠片を必死に音にして拾い上げて、少しずつ歌を作り上げていく。
ずっとロックは人を救う音楽だと思っていた。けれどそれは違っていて、ロックは自分を救う音楽だということに気付く。それはミュージシャンが主体というわけではない。聴き手であっても同じだ。ロックを聴いた自分が、目の前にいる自分に手を差し伸べる。それこそがロックの本質なのだ。
僕は今、自分のロックミュージックによって、自分を救おうとしている。泣きたくて、怒りたくて、笑いたくて、そんな自分を全部音楽に乗せて、自分のための音を生み出していく。これはとてもエゴイスティックで、ある種の現実逃避でもあったかもしれない。でもそれがロックミュージックであって、それが僕に今必要な音楽だった。
ほとんど部屋に籠りきりで曲作りに没頭していたせいで、バンドでの練習にも参加できなかった。そんな自己中心的な僕をメンバーたちは優しく受け入れてくれて、何も言わずに彼らは彼らのやるべきことを進めた。
ツヅライさんはたまに思い出したように僕の部屋に来ては、取り留めない雑談をして帰っていった。それがちょうどいい気分転換になっていて、もしかすると彼はそれを見越して来てくれていたのかもしれない。
「ロックとは元来孤独なものだ。しかしね、人間は決して孤独にはなり得ない。それを忘れてはいけない」
彼は再三そんなことを口にした。僕を戒める意味合いもあったのかもしれない。実際彼の言う通りだと思った。色んな人に出会ったことで、今こうして僕がいる。こうして音を鳴らしている僕は孤独でも、この音楽は今まで出会ったすべての人たちから続いている。
だから一刻も早く、僕はアニーのみんなとこの曲を合わせてみたかった。僕の人生と彼らの人生が重なって、一つの道へと繋がる。そのときにはきっと、この曲は途轍もなく素晴らしい音楽になるに違いない。
「できた」
合宿最終日、何とか曲を完成させることができた。アレンジも何もしていない、ギターと歌のシンプルな形だったが、その状態でも自信を持っていいと言えるものに仕上がった。僕は真っ先にメンバーのところへ駈け込んで、できたてのその曲を生で聞いてもらった。
「っ……ひっぐ…………うっ……」
歌い終えて三人の方を見ると、何故かミヅキが顔をしわくちゃにして号泣していた。ひどい顔だ。他二人は泣いてはいなかったが、文句なしに気に入ってくれたようで、こちらを見て何度も頷いていた。
「なんでミヅキが泣くのさ」
あまりに不細工な顔で泣いているから、可笑しくて笑ってしまう。ヒキガエルみたいなくぐもった声を出しながら、顔を袖でごしごしと擦っている。
「だって、お前が泣いてるからさ……」
そう言われて初めて、僕は自分の目から涙がこぼれているのに気付く。どうしてだろういくら拭っても涙が止まらない。ここ一週間、どんなにつらくても悲しくても涙は出なかったのに、溜まっていたその分も一緒になって出てきているようだった。
いつの間にかキョウもアマネも泣いていて、四人でいつまでも涙を流していた。でもそれが不思議と嫌ではなくて、頬を伝う涙がどこか温かかった。
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