4-7

 僕らの演奏は過去にないくらい大成功で終わった。

 観客の盛り上がりは上々で、バラードも上手く決まった。全員がいいテンションで臨むことができていて、冷静さと高揚感をバランスよく扱えた演奏だった。特に今日はアマネのギターソロが冴えていて、感情の乗った激しいチョーキングに思わず隣で涙が出そうになった。

 何だか今までとは違う、一段高いステージに上ることができたように感じる。他のバンドもとてもいい演奏をしていたが、全く引けを取らない演奏だった。僕らはここでもやっていけるという、確たる自信を得た。

 僕らがステージを引き上げるのと入れ替わるようにして、幽霊兵の人たちが檀上に上がる。すれ違う瞬間、微かに冷たい風が僕らの隙間を通り抜けていった気がした。

 やはり彼らは幽霊のようだった。誰一人として口を開かず、顔も上げず、瞬きさえしていないんじゃないかとすら思えた。彼らには色がなく、音もない。だからこの世界にとってあまりにも異質で、彼らのいる場所はまるで別のどこかから切り取ってきたような違和感があった。

 一音目が響いた瞬間から、世界からすべてが消えていく。またこの感覚だ。僕らは彼らの奏でる世界に没入する。意識や思考、感覚が曖昧になり、白く塗りつぶされた夢の中を揺蕩う。そして彼らの音楽だけが身体をすり抜けていって、その音さえも次第に遠くなっていく。

 僕は薄れゆく意識の中で、微かに赤ん坊の泣き声を聞いた。その声はとても弱々しく苦しげで、世界に助けを求めていた。目も耳も鼻もまだまともに機能していない彼は、失った母の温もりを探し続けている。

 透明な水面にゆっくりと溶けていくようにして、余韻を残したまま音が消えていく。彼らは僕たちを置いたまま、出てきたときと同じように静かに去る。感慨も興奮もない無表情のまま、彼らは演奏を終える。

 僕は涙が止まらなかった。あまりに悲しくて、悔しくて、やりきれない。彼らはこんなにも素晴らしい音を持っているというのに、どうしてあんなにも虚ろな目をしているのだろう。あのボーカルはどうしてあんな歌を歌うのだろう。

 世界を否定するのはいい。虚無的だって、鬱屈としていたって、それも一つのロックの形だ。

 でもあんな風に、自分の存在までも失くしてしまうのは間違っている。

 自分を見つめること。自分を表現すること。自分と語らうこと。自分という存在を見つけ、再定義すること。世界と自分の関係を見出すこと。それがロックミュージックであり、音楽そのものであり、そして生きるってことだ。

 『自分』が欠落した世界は、もはや世界として成立しない。

 きっと彼はそれをわかった上で、あんな歌を歌っている。

 冒涜的で身勝手で、まるで意味のない歌だ。僕は決して許せなかった。

 やはり彼は兄に似ている。兄の歌も自分を失くすための歌だった。そして彼はそんな自分の中の音楽に毒されて、耐え切れなくなってしまった。

 音楽には人を救う力がある。だが同時に、人を殺す力もある。自分を殺す力がある。

 そんな風に音楽に侵されてはいけない。音楽に責任をなすりつけてはいけない。

「あなたはどうして歌を歌っているんですか?」

 僕は彼に尋ねる。彼のことが知りたかった。彼の歌を理解して、それが間違っていることを僕の歌で証明したいと思った。まだ僕は未熟で、彼のような聴く人を圧倒する歌を歌うことはできない。けれどいつかそういう歌を歌って、彼に自分を見て欲しい。彼を救う歌を歌いたい。そんなことを思った。

 そして何より、彼を知れば、兄に近づける。兄のことを知ることができる。兄がどこへ行ってしまったのか、知ることができる。それは僕の勝手な思い込みかもしれないけれど、兄の歌を理解することに繋がるのは間違いない。彼は兄に似ているから。

「なんでだろうね」

 しかし彼ははぐらかすように、濁りのない端然とした笑顔を見せるだけだった。

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