2-5
「それじゃあ、行きます」
キョウ、サナ子さん、リョウスケさん、ケンさんと、全員集合したスタジオで、僕は一人ギターを抱えてステージに上がる。スポットライトを浴びてマイクの前に立つと、さっき食べたハンバーガーが胸の方にせり上がってくる感じがした。
僕はようやく曲を完成させることができたので、今日はそのお披露目会だった。自宅で簡易的に録音してきた音源もあるのだが、せっかくなら生演奏をしろというサナ子さんのお達しによって、こうしてさらし者になっているわけである。
心なしか、ステージから見える四人の顔が強張っているように感じる。僕を品定めするような目だ。それはもはや威圧的にすら感じられて、これ以上見ていたら気が狂いそうだったので、急いで目を逸らす。
「拙い演奏ですが、聴いてください。『夕陽の沈む音を探して』という曲です」
僕は自分のつま先に目を向けたまま、肺が破裂しそうなほど思い切り息を吸う。そしてあの日見た街並みを思い浮かべながら、ギターのリフを爪弾く。
影が差した帰り道
見慣れたこの街並みが何故か少し寂しげに光る
鼻をくすぐる仄かな香り
どこかの家からカレーの匂いがこぼれてくる
生まれ育ったこの街が好きだから
いつかはこの街を出よう
あなたの待つ場所まで
夕陽の沈む音を探して
僕らは長い旅に出かける
夢に映った遠い思い出
見慣れた街並みに儚さが重なった
瞼に映った少年の笑顔
子どもの僕はあんなに無邪気だったっけ
夕陽の沈む音を探して
僕らは長い旅を続ける
世界の眩しさに驚くことがある
世界の暗さに驚くことがある
けれどそんなのは当然だ
世界は回っているのだから
夕陽の沈む音を探して
僕らは歌を口ずさみながら
鮮やかに光るこの街並みが
あなたに届く夢を見ている
歌い終えたあと、顔を上げて前を見ると、サナ子さんがぱちぱちと拍手をしてくれていた。リョウスケさんは満足げな顔で頷いていて、ケンさんは険しい顔で唸り声を上げている。僕はとりあえず歌い切ったことに安堵して、腰が抜けてその場にへたり込んだ。
「いい曲だ」
キョウはただ一言、ぽつりとこぼした。それを聴いただけでもう十分で、これ以上なく嬉しかった。
「いやー遅い! ここまで来るのにどんだけ時間かかってんだよ!」
「やっぱりジャズマスターの煌びやかな音はアルペジオが映える。俺のバッドキャットのアンプとの相性がまた完璧だ……」
「Aメロ、Bメロ、サビでほとんど進行が変わらないから、バッキングギター一本だけで弾くと味気なく聴こえてしまうな。リズムや上物で緩急をつけてやらないと」
他の三人は思い思い好き勝手なことを言っていて、本当に勝手な人たちだなと笑ってしまう。けれど、みんなこの曲をいいと思ってくれているのが顔を見るとわかった。
「まあこれで曲の方は一歩前進って感じだな。あとはメンバーか」
そう、曲ができたことに喜んでいるのも束の間、当然メンバー探しの方も考えなければならない。そちらの方は未だ候補すらも見つかっていない状態だ。
「まあ最悪スリーピースにして、ドラマーさえ見つかれば何とか……」
理想はリードギターとドラムを加えた四人編成だが(僕がギターが下手くそなのと、歌に集中できなくなるから)、まあドラムがいれば演奏自体は問題ない。最悪リョウスケさんとケンさんに頼めば、なんてことを考えてしまうが、それはなしと最初に言われていた。
「最初のライブから助っ人入れたってしょうがないからな」
まあメンバーがいないのにライブを決行するのがおかしいわけだが、確かに二人に甘えてしまうのは違うだろう。僕らは僕らのバンドを作らなくちゃいけない。
「それなんだがね、いい話があるんだよ」
僕たちが頭を抱えて悩んでいると、突如扉を開けて入ってくる人影があった。
「マスター!」
ゆっくりと僕らの方へ歩いてくるその人は、近くにあるライブバー『ペンギンカフェ』のマスターだった。ペンギンカフェは場所が近いことと、オーナーとサナ子さんが仲がいいことも相まって、僕らの第二の溜まり場となっていた。大体ミーティングなどで座って落ち着いて話したいときは、マスターの入れたコーヒーを飲みながらというのが定番だ。
マスターは御年六十八歳の大先輩で、昔はロックバンドでバリバリ活躍していたらしい。今はその影もないほど落ち着いていて、整えられた白髪に銀縁の眼鏡、歳を感じさせない真っ直ぐ伸びた背筋、そして見事に仕立て上げられた細身のスーツはまさに老紳士と呼ぶに相応しい風貌だった。
「君たち、『バンド破り』って言葉に聞き覚えはないかい?」
僕らはマスターに連れられペンギンカフェにやってきた。彼は綺麗に磨かれたサイフォンでコーヒーを入れながら、僕らにそう問いかける。
「『バンド破り』ですか……?」
それは初めて聞く単語だった。横を見ると他のみんなも首を傾げていたが、リョウスケさんだけが、何か思い当たる節があるような顔をしていた。
「こないだバンド仲間に聞いた覚えがあります。何でも道場破りのように色んなバンドに加入しては、罵詈雑言を吐いてやめていく、だとか……」
それで『バンド破り』か。よくわからないが、無茶苦茶な奴だというのはよくわかった。しかしそんなにひどい奴なら、そもそもバンドに入れてもらえないんじゃないのか?
「おおよそ君の説明で正しい。しかしね、一つ大きく間違っているのは、その『バンド破り』が残していくのが、罵詈雑言ではなく的確なアドバイスだということなんだ」
「アドバイス……?」
「そう。彼は音楽的センスに優れていてね、優れすぎているがゆえに、細かいところまで気になって、彼にとってはそのずれが大きなストレスになる。そのストレスで苛ついたままにバンドの悪いところをつらつらと言ってしまうから、結果としてそのバンドはダメになってしまうらしい。まあ図星だからこそ、なんだがね」
なるほど、諸刃の剣ってことか。まあそれにしても片刃がずいぶん鋭い気がするが。突然自分たちのダメなところをズバズバと言い当てられてしまったら、素直に聞き入れるよりも先に心が折れてしまうのも無理はないだろう。
「その物言いだと、マスター、あんたその『バンド破り』と知り合いなのか?」
マスターの話を聞き、すかさずサナ子さんが鋭い口調で問う。彼女はこういうときに相手が誰でも容赦がない。マスターはそんな彼女に困ったように肩をすくめながら、肝心の本題を語り始めた。
「実は僕の友人の息子さんでね。そのやんちゃっぷりには父親も手を焼いているみたいだ。それで、君たちはメンバーを探しているみたいだったし、彼はドラマーだから、お互いちょうどいいんじゃないかと思ってね」
ちょうどコーヒーが出来上がり、その香ばしい匂いが鼻を刺激する。
「一度会ってみないかい?」
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