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「とりあえずベーシストが決まってよかったな」

 彼の家からの帰り道、近くの喫茶店で待機していたサナ子さんと合流して、事の顛末を話した。おおよそ彼女の想定通りだったらしく、何事もなく終わってよかったというような顔をしている。

 あの後、僕らはしばらく音楽の話をして(話と言ってもほとんど彼がしゃべっているだけだったが)、おかげでずいぶん意気投合することができた。

 彼は僕と同じ十七歳で、学校には所属だけして通ってはおらず、ほとんどの時間をあの部屋での音楽制作に当てているらしい。作り手としては基本アンビエントのインストゥルメンタルが中心だが、リスナーとしてはどんなジャンルも好きだと言う。

「どの音楽も何かしらの形で『いい音』を求めていることに変わりはないからね。僕はそういう『いい音』を探すのが好きなんだ」

 もちろんサナ子さんの知り合いだけあってロックにも詳しく、どうやらロックに関してはかなり曲の趣味が似ているようだった。僕は彼の好きな音楽をもっと聴いてみたくなったので、何枚か彼のおすすめのCDを借りていくことにした。

 そしてお互い連絡先を交換し、週に何度かこっちのスタジオに来てもらって一緒に練習をすることになった。なんだかんだで名前を聞くタイミングを逸していて、僕はスマホに入った連絡先を見て彼の名前を知った。彼はキョウと言うらしい。彼らしくていい名前だと思った。

「まああいつなら間違いないだろ。ベースの腕はピカイチだからな。何となくあんたとあいつは馬が合う気がしてたんだ」

 確かに彼女のおかげではあるのだが、肝心なところについてきてくれなかったのに、こんなに満足げなのは若干腑に落ちない。

「もしかして、サナ子さんって昔キョウとバンドを組んでたんですか?」

 二人の話しぶりから推測して、もしやと思って尋ねてみる。やはり図星だったらしく、彼の言っていた解雇されたバンドというのが、彼女が前にやっていたバンドだった。

「あのときはギターボーカルをやっててさ、ベースが滅茶苦茶上手い奴がいるって聞いて、さっきのあんたみたいに単身突撃したわけ。そうしたら会っていきなり声を録音させてくれって言われて、それをサンプリングした曲を聴かされた」

 彼女の体験談はどこか既視感のあるエピソードだった。

「その時点で変な奴だなとは思ったんだけど、あたしはとにかく早くライブがしたくて焦ってたんだ。だからベースを弾いてくれるって言うからとりあえずバンドに入ってもらって、それから何回かライブをしたんだよ」

「でも解雇しちゃったんですよね?」

「そう。もうあいつずっと何かをしゃべってるんだよ。しかも独り言みたいに微妙にあたしに聞こえるか聞こえないかの声で、滑舌練習かと思うくらい早口なんだ。別に人として嫌いなわけではないんだけど、あれを聞いてたらノイローゼになりそうで、結局違うベーシストを探して代わってもらった」

 まあ彼女の言うこともわからなくない。彼はかなり内向的で、彼女とは真逆のタイプだから、そりが合わないのも仕方ない気はする。

「それでついてきてくれなかったんですね。もう心臓バクバクで行ったんですよ?」

「悪かったよ」

 流石に彼女も悪いと思っているらしく、今度ラーメンをおごってもらうということで手を打った。結果としてキョウが入ってくれることになったわけだし、まあよしとしよう。

「ん?」

 来た道を戻っている途中、突然彼女が何か違和感を覚えたように何度も後ろを振り返っていた。

「どうしたんですか?」

 僕も彼女が見ている方に目を向けるが、そこにはサイファーの集団がいただけで、特に違和感はないいつもの街並みだった。

「いや、なんか変な視線を感じた気がしたんだよな。誰かにつけられてるみたいな。気のせいだったかも」

 それ以降は気にならなくなったようで、やはり勘違いだったということで落ち着いた。秘密警察が尾行してきているのではと不安に思ったが、サナ子さん曰くその心配はないらしい。シモキタの街は言わばホームグラウンドで、そこまで踏み込んでくることは皆無に等しいそうだ。

「それよりあのサイファーの一人、全然ビートに乗れてない奴がいるな。面白い動きしてるぞ」

 彼女が指さす人を見ると、確かに一人だけ明らかに変な動きをしていた。サイファーには珍しく僕と同い年くらいの女の子で、背が他の面々よりも頭一つ分ほど小さい。周りに埋もれながら、あたふたと忙しなく身体を動かしている。まだ初心者なのだろうか。目が隠れるほど伸びた前髪をふらふらと揺らして、必死にビートに乗ろうとしていた。

「なんか初々しくていいですね」

「あんたも最初はあんなんだったな」

 思い出したように噴き出すサナ子さんにつられて、僕も笑ってしまう。確かに僕も最初は何もわからなくて、とにかく必死だった。今は多少成長できているのだろうか。

「よし、じゃああとはドラムとリードギターだな。そっちはぼちぼち探していくとして、あんたはそろそろ曲を書いてみないとな」

「え、それってオリジナル曲を作るってことですか?」

 これまではずっと既存曲のコピーしかしておらず、自分の曲を作るなんてずっと先だと思っていた。理論的な部分はケンさんの講義であらかた理解しているつもりだが、とてもちゃんとした曲を作れる気がしない。

「ライブするのに全部コピーじゃ味気ないからな。まあ最低二曲で、コピー一曲の三曲ってのが妥当だろう。どうしても無理だったらバックはキョウに作ってもらうって手もあるし、どうにでもなるよ」

 そうしてスタジオに戻ったあとは、ひたすら作曲作業が始まった。作曲と言っても、まずはギターで適当にコードを弾いて、そこに「ラララ」とメロディを乗せるだけの単純なやり方だ。しかし何回やってもどこかで聞いたことのあるようなメロディになってしまうか、歌いづらい変なメロディになって上手くいかない。

「あんま肩に力入れるなって。頭に浮かんだものをそのまま出せばいいんだよ」

 サナ子さんはそんな風に雑なアドバイスしかくれない。理論を除けば、作曲なんてのは感覚的なところが大部分を占めていて、教わったりできるものではないのだろう。僕は何度も考えては没にして、という作業をひたすら繰り返し、それから何日も曲作りに没頭した。

「じゃあ一曲は僕が君のイメージで作ってくるよ。もう一曲はがんばって君が作ってくれ」

 キョウと相談した結果、彼の曲が一曲と僕の曲が一曲、そして『Good-bye For Anyone』の三曲をライブでやることになった。彼はその話をした次の日には、作った曲のラフをいくつか持ってきてくれた。

「一応ギター二本とベース、ドラムの四人でできるように作ったよ。歌のメロディは考えてないから、そこは君に頼むよ」

 彼の作ってきた候補曲の中から、僕の好みで一曲選ぶということになった。どれも僕の好みに合ういい曲で、なかなか迷いどころだったけれど、彼らしいスローテンポの曲を選んだ。一番自分が歌っている想像がついたのがこの曲だったからだ。他の曲に比べて妙にアンビエント色が強くて、リフレインするギターのアルペジオが印象的な浮遊感のある曲だった。

 やはりメロディと歌詞はボーカルが考えた方がいいというのが、キョウやサナ子さんの意見だった。そこで僕は練習も兼ねて、作曲より先に彼の曲にメロディをつけるところから始めてみることにした。

 もちろん曲作りだけでなく、メンバー探しも続けていた。色んなライブを見に行き、僕たちと一緒にやってくれそうな人を探す。しかしなかなかいい人は見つからず、ライブの日が刻々と迫っていた。

「まあ何とかなるだろー」

「二人でも音楽はできるからね」

 そんな風にサナ子さんもキョウもずいぶんと呑気だったけれど、僕は段々と焦りを覚えていた。深まる冬とともに増していく寒さが、余計に僕の焦燥感を駆り立てるのだった。

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