第26話 自動TRPG!?(前編)

 今日はクリスマス・イブ。

 世間では各所でそれっぽいイベントが行われている。

 主にリア充のためのものかと思いきや、今年は我が家でも特別イベントが

 とはいえ、やはりとーさんは仕事が忙しく、参加者は僕を除けば全員AIだ。


 18時になりシノブが面倒そうに口を開く。


「……それでは、時間になりましたので、わたしが10分も掛けて開発しましたTRPG『テキトーファンタジー』を初めます」


「「いえ~い」」


 歓声と共に拍手が起こる。

 とはいえ、本当に拍手をしているのは僕とイリスのみで、残りは仮想拍手である。


 TRPGとは〈テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム〉の略で、コンピューターゲームとして存在するRPGのアナログ版である。

 本来のRPGはこちらであるが、日本ではあまり普及していないので、コンピューターRPGと区別するためにTRPGという言葉が生まれた。

 コンピューターゲームに対して人間特有のアドリブ展開が特徴である。


 およそ20年前、コンピューターゲーム業界、アナログゲーム業界の両方に衝撃が走った。

 極めて柔軟さを備えたAIを搭載したTRPGっぽいコンピューターゲームが登場したのだ。

 開発の中心人物はあまりょうであり、このゲームの売上こそ、ジェネシスシステムの開発資金となった。

 何はともあれ、このゲームの登場によって一人でTRPGを行うという意味不明なことができるようになったのである。

 いや、自分は完全に見ているだけでもOKなので、完全な全自動フルオートマティックTRPGの完成である。


 というわけで、あまりょうもしくはジェネシスAIの降誕を祝して、TRPGをやろうと考えたのだ。

 ゲームマスターはシノブに任せた。


 シノブは1時間前に自作のルールブックを配っている。

 AI前提の複雑なルールを採用している可能性を疑ったが、意外にもTRPG標準から見ても単純だった。


「……皆様、キャラクターシートは記入はお済みでしょうか?」


 シノブの問いかけに各々が肯定する。


 TRPGは最初にキャラクターシートに自分のキャラクターの設定を記入する。

 記入といっても今は専用アプリを使用する。

 昔は紙と鉛筆と消しゴムを使っていたらしい。


 冒険スタイルはルールブックに存在するものから自由に決められる。

 僕は“スカウト”を選んだ。

 一般的なゲームなら“盗賊”とか“シーフ”に相当するものだ。

 シノブ曰く、「そんな犯罪者と一緒に冒険するのはゴメンです」らしい。

 まぁ、冒険者とならず者は紙一重だと思うが。


 細かいパラメーターはダイスロールによって決定する。

 シノブとイフリータの分は僕かイリスが代わりに振る。


 ふむふむ、イリスは“格闘家”、イフリータはやはり“火の魔術師”か。


「……それでは、セッションスタートです。みなさんは、今、サラミス王国という国の王都にいます。この国では3年前、魔王軍にアリア王女が連れ去られました。魔王軍は王女を人質に国王に年次改革要望書を突き付けてきます」


「年次改革要望書ってなんだよ……」


 僕は思わずツッコんでしまった。


「知らないのですか? 正式には〈日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書〉といいまして――」


「そういう話じゃない」


 イリスがマジメに解説しようとするので止める。

 いや、僕が突っ込んでしまったのがよくなかったのだけど。


「……続けます。――このままでは国民の不満が高まり反乱が起きてしまいます。ですが、サラミス王国には伝説がありました。“国が危機に陥った時、聖剣に導かれた勇者が現れる”というものです。そして彼らは来ました、みなさんです。王は支度金として1000000ゴールドと馬車をくれました」


「すごく太ももですね」


 それを言うなら太っ腹だろ。

 もちろん、この金額前提でゲームバランスが設定されているはずだ。


「……まずは王都で準備を整えましょう。武器屋、道具屋、酒場に行けます。どこに行きますか?」


「ちょっと待って、この“伝説の聖剣”って誰か装備できるのか?」


「……資産インベントリとしては所持していますが、剣士がいないので装備できないです」


「マジかよ……」


「でも、ルールブックを読むと、この聖剣そこまで強くないですよ?」


「……まぁ、冒険スタイルによる有利不利がそこまで出ないようにする必要がありますので」


「聖剣じゃなくて聖石とかでよかったのじゃないか……?」


「……ウルサイですねぇ。それで、どこへ行くのですか?」


「とりあえず酒場だな。いいよね?」


 そこで得た情報によって、買い物を考えよう。


「はい」


「うむ」


 パーティメンバーの同意が得られた。


「みなさんが酒場に入ると、酔っ払った魔術師がいました。彼女の名前はセシリア。酒癖は悪いけど腕は良い“水の魔術師”で」


「なんと! 我のライバルか?」


 ――知らん。


「……話しかけますか?」


「さすがにこれでトラップということはないだろう。とりあえず話けてみる」


「セシリアは『うーひっく、な~に~? ……依頼ぃ? アタシ、結構酒場にツケが溜まってるのよね~』と言いました」


 シノブがキャラクターになりきって話す。演技力高いなぁ。

 ああ――AIは常時演技だった……。


「とりあえず依頼について話してみよう」


「依頼について話したところ、『超ビッグ依頼ね。それじゃあ、300000ゴールドで手伝うわよ、ひっく』」


「まじかよ、超高い」


「でも、水の魔術師がパーティにいれば、飲水に困らないですよ?」


「戦闘力そのものは我のような炎の魔術師の方が高いが、その埋め合わせだな」


「つまり、最初から水の魔術師がいれば加入させる必要性は低くなるし、そうでなくても水を別の方法で確保すればいいわけか……」


「……そうですね。雇いますか? 雇いませんか?」


「って、これ雇ったら誰が操作するんだ?」


「……NPCですので、わたしが操作します」


「シノブは敵味方両方やるのかよ」


「……そうですね。面倒だからやめていいですか?」


「自分で作ったシナリオだから責任持てよ」


「……ハルくんは鬼畜です」


「とりあえず、セシリアを雇おう」


「……300000ゴールドも払ってセシリアを仲間にしました。ステータスは運命のダイスロールで決めてもらいます」


 僕は他のキャラクターを作る時と同じようにダイスを振った。

 パラメーターもかなり簡易化されているので、1キャラクターを作るためにダイスを振る回数は5回だ。


「次はどうしますか?」


「王女の囚われている場所の聞き込みを行う」


「……聞き込みの結果、王女は〈ダイダロス監獄〉いるという説が有力なようです」


「あくまで有力、か。そこの位置は既知情報なのか?」


「……既知情報です。ちなみにここから3日かかります。ちなみに最大で5日分の飲料水と食料を所持できますが、パーティ水の魔術師がいる場合は水が不要になり、10日分所持できます」


「それでさらに戦力になるならなかなかいい投資かもな」


 ちなみに、食料や水が足りないとダイスロール判定にペナルティー値が加算される。

 まぁ、基本的に負の値だけど。


「しかし、この女も飯を食うぞ?」


「まぁ、そうだろうね」


「……ちなみに、セシリアさんは戦闘時のアクションに“酔っぱらい判定”が入りますので、ダイスロールで1以下の場合は失敗します」


「酷い後出し設定だ……」


「ハルト、実はルールブックに書いてあります」


「うむ、我の目を欺くことはできんぞ」


「どうして教えてくれなかった?」


「飲料水さえ確保できればいいかと思いまして」


「同じく。攻撃魔術は我のものがあるぞ」


「まぁ、そうだよね……」


「……次はどうしますか?」


「道具屋かな」


「……道具屋で何を買いますか?」


「このパーティ、回復役がいないんだよな……」


「そもそも選択肢になかったですものね」


「ゲームマスターよ、何か意味はあるのか?」


「……ありますけど、そこまで対したものではありません」


「そうなのか」


「……ちなみに〈生命のポーション〉が10000Gゴールド、〈活力のポーション〉が20000Gゴールドです」


 ちなみに、このゲームにおける活力というのは魔術のような特殊な技を使用するために必要な数値で、多くのゲームにおけるMPマジックポイントみたいなものだね。


「食料はいくらだ?」


「1人1日分で5000Gゴールドです」


「RPGにあるまじき価格設定だなぁ」


「もっと、デノミできなかったのですか?」


 イリスが呆れた様子で尋ねる。


「……しようと思えばできましたよ。思わなかっただけで」


 シノブは特に表情を変えずに答えた。


「そうですか」


 イリスはそれ以上、深くは追求しなかった。


 つまり、4人パーティだから1日に20000Gゴールド分の食料が必要なのか。

 所持できる最大の分の食料を購入すると200000Gゴールドか。


「武器屋には何がある?」


「……装備できるものとして、〈強化ダガー〉、〈紅玉の杖〉がそれぞれ300000Gゴールド


「おそらく、どちらかは諦めた方がいいだろうな」


 ディスプレイの中のイフリータが腕を組みながら言う。


「紅玉の杖を買おう。魔術師の火力に期待だ」


「任せておれ」


「……紅玉の杖を買いました。残り、400000Gゴールド


「道具屋で食料を40食分購入する」


 ゲームなので簡易化されて一日一食なのだ。


「……残り、200000Gゴールド


 シノブは淡々と所持金の減少を告げる。


「あとは生命のポーションを10個、活力のポーションを5個購入する」


「……残り、0Gゴールド


「よし、綺麗に使い切った」


「残しておかなくてよかったんですか?」


「わからん。シノブしか知らん」


「そうですよねー」


「では、“なんとか監獄”に向かって出発だ」


 そして……探求の旅は始まった!


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