第25話 紅茶をキメて英国面に堕ちろ!

「イリスよ、英国面のパワーは素晴らしいぞ」


「なんですか……突然?」


 イリスが困惑する。


「AIが英国面に墜ちるのはいつの日のことだろうと」


「さぁ……知らないですね」


 この〈英国面〉という言葉はずっとネタだと思っていたけど、実はそうではないことに気がついた。

 まず、英国面といえば珍兵器〈パンジャンドラム〉のおかげで残念なイメージがついているが、実際は蒸気機関、サラブレッド、ノイマン型コンピューターなど大成功を収めたものも多い。

 さらに現状のAIは一見すると人間をよく模倣しているが、閃き力はあまり高くない。

 よって、人間がAIに勝てるのはそこなのだ。


 では、人間が閃き力を高めるにはどうすればいいか?

 そもそも閃きというのはリラックス状態から生まれるものである。

 優雅な英国式ティータイムはそのための方法だったのだ。

 そう、“紅茶をキメる”と表現もあながちデタラメではなかったのである!


 この理論からすると別に紅茶でなくてコーヒーでもいいのだけど、僕は紅茶派なので紅茶なのだ。


 というわけで、クリスマスも近づくある日、僕はイリスを連れて紅茶売り場を訪れていた。

 紅茶は英国面に墜ちるための重要なアイテムである。


「ハルト、ダージリンのオータムナルが入っていますよ」


 ダージリンは1年に3回収穫の時期がある。

 春摘み〈ファーストフラッシュ〉、夏摘み〈セカンドフラッシュ〉、そして秋摘み〈オータムナル〉が存在し、それぞれ味が大きく異る。

 一般的にはセカンドフラッシュの人気が高いが、僕はオータムナルが好きだ。


「よし、買って帰ろう」


 僕たちは優雅に買い物を終えて店を出た。


「さて、なんか紅茶に合う菓子でも買って帰るか……」


「ハルト、時間が掛かっても良ければ、ワタシがスコーンを焼きますよ?」


「じゃあ、お願いするよ」


 やはり、紅茶のお供はスコーンと相場が決まっている。


「任せてください! 食材が足りないですね。帰りに買って帰りましょう」


 いつも利用している大型スーパーマーケットに入る。

 イリスはバターや牛乳など足りない食材を買い物かごに放り込んでいく。

 一方、僕はポテトチップスをいくつか吟味し、買い物かごに放り込む。


「やっぱこれがないとね」


「ハルトはよくポテトチップスを食べていますが好きなのですか?」


「そうだよ、なんか文句あるか?」


 カロリーが高く、それ以外の栄養が乏しいということで、謂れある非難の的となり続けているスナック菓子の王者。

 ジャガイモとトマト、同じナス属でありながらどうして差がついたのか……慢心、環境の違い。

 まぁ、僕は両方好きだけど。


「……いえ。栄養に関してはワタシとユウカがそれなりに考えていますので、ある程度の余裕バッファーはあります」


 イリスは微妙に目を逸らす。珍しい行動だ。僕の鋭い視線に怯んで意見を引っ込めたな。

 おそらく一種の二律背反ジレンマに陥っているのだろう。人間でもよくあることだ。

 ただし、かーさんやイリスがそれなりに栄養バランスを考えてくれているというのは事実だ。


「だったらどうしたんだ?」


 さらに深く追求してみる。


「よければワタシが作りますよ。できたてならもっと美味しいはずです!」


 とてもAIらしい答えが返ってきた。


「なるほど、気が向いたら頼むかもしれない」


 大抵の料理はできたてが美味い。

 工場出荷後かなりの時間が経っているにも関わらず異常に美味いポテトチップス。

 できたてであればいかほどの美味さだろうか?


「じゃあ、それは買わなくていいですね」


 イリスが買い物かごからポテトチップスを取り出そうとする。


「待て。自宅でこれらの特殊なフレーバーが作れるとは思わない」


「なるほど、特殊なフレーバーを作ればいいんですね」


「……そうじゃない」


 と、そんな感じで華麗に買い物を終えて帰宅した。


    *


「2時間くらいでできますよ」


 自宅に帰ると、イリスはそう言ってすぐにスコーン作りに取り掛かった。


「じゃあ、2階で待ってるよ」


 僕は自分の部屋でAV(オートドールビデオ)を見て過ごす。

 こういう細かい情報収集が仕事で役立つのだ。

 30分ぐらい経つと、イリスが部屋に入ってきた。


「もうできたのか?」


「今は“寝かす”時間ですよ」

 

 なるほど、そんな工程も必要だったなぁ……。


 イリスは椅子に座ると、自分でケーブルを挿した後、全く動かなくなった。

 休止モードに入ったのだ。


 1時間ほどすると、また動き出し「そろそろですね」と言って台所へ下りて行き、さらに30分くらいするとまた上ってきた。


「ハルト、できましたよ」


 イリスに付いて、僕もダイニングへ向かう。

 そこには焼き立てのスコーンに苺ジャム、クロテッドクリーム、メイプルシロップが添えられている。

 クロテッドクリームとは簡単にいえば生クリームとバターの中間みたいなものだ。


「さぁさぁ、ハルちゃんが買ってきた紅茶ですよ~」


 かーさんがティーポットを運んできた。


 オートドールは紅茶を入れるのにも手抜きはしない。

 完全に説明書通りに淹れる。

 茶葉をきっちり量り、水もきっちり量り、温度もしっかり管理する。


 人間ならもっと大雑把にやる人が多いはずだ。面倒だし、それでもそこそこ美味しいからね。


 僕はティーポットからカップに注いだ。

 立ち上がる湯気が期待感を高める。


 カップを持ち上げて一口、穏やかな甘味が口の中に広がる。


「う~ん、マンダム」


 思わず語感だけでテキトーなことを言ってしまう。


「紅茶になんの関係もないですね」


 すかさずイリスが突っ込んだ。


「では、スコーンを……」


 スコーンに苺ジャムをつけて口に運ぶ。

 温かくフカフカしたスコーンに甘酸っぱい苺ジャムがよく合う。


「どうですか?」


 イリスが期待するような目で見る。


「美味しいよ。やっぱり焼きたては格別だね」


「よかったです」


 僕が素直な感想を言うと、イリスも素直に笑みをこぼす。


 紅茶の苦味とスコーンの甘みが最高に調和するクリームティー。

 この贅沢な時間……たまらなく快感だね。


 英国面に堕ちた結果、クリスマスにやるくだらないイベントを思いついた。


    *


 次の日、気が向いたのでポテトチップスを作ってもらうことにした。

 英国面の次は米国面である。


「イリス、この前言ってたポテトチップス、早速作ってよ」


「わかりました!」


 イリスは元気よく返事をして早速取り掛かる。


 まずはジャガイモを薄くスライス。

 さすがはオートドール、器用にこなす。


 それを水につけてデンプンを落とした後、キッチンペーパーで水気を落とす。

 熱した油で揚げたら、最後に塩を振って完成だ。


「できました! さぁ、どうぞ!」


 イリスが自信満々に皿に盛り付けて持ってくる。

 何気にパセリが添えられていてオシャレだ。


「では、いただこう」


 用意されていた箸で1枚掴んで口に運ぶ。


 ――パリ……パリ……。


 口の中から小気味よい音がする。


「どうですか?」


 イリスがいつものように期待の目で見つめてくる。

 そんなに熱心に見つめられるとドキドキしちゃう……。


「こ、これは……」


「これは?」


「普通だぁ!」


「えーっ、できたてですよ」


「正確に表現すると、いつものメーカー製のポテチだな。薄いからすごい早さで温度が下がって、いつも食べているのとほぼ同じものになるんだ……」


「では、分厚く切ればいいんですね」


「普通にフライドポテト作ったほうがいいな」


「そうですか……」


 今回、僕が理解したのは、作りたて状態で保存できる梱包技術はすごい、ということだった。


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