第24話 動物園へ行こう!
暑くも寒くもなく、雨でもない、秋の休日。
僕は気まぐれに出かけようと考えた。行き先は上野にある超有名動物園だ。
いつも機械ばかり触っているから、たまには
「イリス、動物園行くぞ」
「美少女動物園ですか?」
一瞬、美少女が檻に入れられていて、それを人々が見ているという恐ろしい景観を想像した。
「なんだよそれ……。普通に上野だよ」
「コロッセオ、パルテノン神殿、ビッグベンと並ぶ観光名所とされるあの動物園ですね?」
「イリスは物知りだなぁ」
「もっと早く言ってくれればお弁当を作ったのに」
イリスは顎に手を当てて残念そうに言う。
「今、思い立ったのだからしょうがない。食事処はいろいろあるから、どうとでもなる」
「わかりました」
僕は予定があるのがキライだ。
機械じゃないのだから、その時の気分で行動したい。
*
上野駅で電車を降りる。
同じようなことを考えている人が多いのか、多くの人で溢れかえっていた。
「うわ……この駅、人多すぎ……。やはり休日だからですかね?」
「実は平日だったら人が少ないのかとかいうと、そうでもないんだなぁ、これが……」
そして、他の人たちから見れば僕たちもまた、“多すぎる人々”を構成しているので、やはり社会というものは闇が深い。
駅を離れ、すぐ近くにある巨大な公園に入る。
紅葉の季節を迎えているので樹々は景色を黄色く染めている。
その中を5分くらい歩けば表門に到着だ。
表門の前には奇妙な郵便ポストが立っている。
パンダ模様でデザインされており、異様な存在感を放っているのだ。
このポストから投函すると専用の消印が押されるとか。
券売場の行列を尻目に電子マネー決済をしつつ改札から入る。
中学生、もしくは70歳以上が割引価格で入場したければ券売場で年齢確認を行わければいけないが、僕には関係ない。
「さぁ、パンダを見に行きましょう! ジャイアントパンダ!」
イリスが子供のようにはしゃぐ。だが、それはまさに子供の考えだ。
こいつに“動物園玄人”の考えを教育してやらねばらならない。
玄人というほどたくさん着ているわけじゃないけどね……。
「パンダは――見ない」
「え? どうしてですか? 動物園といえばパンダですよね?」
この動物園がジャイアントパンダを目玉に押し出し、実際に人気なのはその通り。
だけど――。
「あの行列を見ろ」
僕は待機列を指差す。
「蛇みたいですね。動物園だけに」
確かにパンダは表門の近くにいる。
だけど、実際に辿り着くのにはそこそこ時間がかかるのだ。
「……その待ち時間を費やしても、ガラス越しの対面であり、触れることはできないのだ」
「そりゃあ、触れたら殺されかねないですからね」
ジャイアントパンダが人間を襲うことはしばしばあるらしい……。
「それどころか、奥の方に引っ込んでいて、まともに見ることさえできない可能性が高い。まぁ、パンダは入園客の都合とか知らないからな」
「実に陰キャらしい思考ですね」
「何度も言うが、陰キャは正しいから陰キャになるんだぞ?」
しかし、あまり正しさを突き詰めるとおそらく病むので、“正しいことは正しいのか”という正しさのパラドックスが生まれるのだ……。
やはり人間の闇は深い。
「はいはい。それじゃあ、正しいハルトはどこへ行くのですか?」
「それはね――」
というわけで、わざわざ園内モノレールに乗って移動し、〈ふれあい広場〉にやってきた。
その名の通り、動物と直に触れ合える場所だ。
もちろん、馬、ヤギ、ウサギといった、比較的安全な動物たちばかりである。
飼育員が草の束を配っていて、周囲に人々が群がっている。
この草の束はヤギの餌で、実際に食べさせることができる。
「まるで餌に群がる動物だなぁ……」
これから僕も“動物”になるのだけど……。
飼育員のおねーさんから草の束を貰い、ヤギの口元に持っていく。
ヤギは勢いよく草に食らいつく。
なぜかはわからないが、動物に餌をあげるのは楽しい。
一種の根源的なエンターテイメントなのかもしれない。
スマートフォンに自分が餌をあげている写真が送られてきた。
送り主はイリスである。
「今度はワタシがやりますから、ハルトが写真を撮ってくださいね」
「わかった。“撮影開始”」
音声操作でスマートグラスが録画を始める。
イリスも同じように草の束を受け取り、ヤギにあげる。
さすが美少女、ものすごく絵になるなぁ。
なんか、他にもイリスを撮影している人がいる気がする。
なんか照れるなぁ……。
「”撮影終了”」
イリスが戻ってきた。
「やっぱり、オートドールも食事できる機能はあったほうがいいですね」
なにやら思うことがあったらしい。
「それは気長に待とう……。さて、手を洗って昼食にするか」
「はい」
僕たちは
ホットドッグとフライドポテト、そしてオレンジジュースを注文する。
今日は天気がいいので、テラス席で池を眺めなら早めの昼食をいただく。
「ワタシが作る料理とどっちが美味しいですか?」
「比べるものではない。料理の味は単独で決まるものではないよ。シュチュエーションも大事だね」
「なるほど……わたしもシュチュエーションに拘ってみようと思います!」
「無理しなくていいぞ」
「はいっ!」
「絶対わかってないだろ……」
「……はい?」
イリスはあまり理解していないようだが、ここで無理に教える必要もない。
「さて、次はイグアナでも見に行くか」
「“両生爬虫類館”ですね。やっぱり陰キャのハルトとしては外せないでしょう」
この動物園はかなり広大な面積を持つが、そのほとんどを哺乳類と鳥類に制圧されており、両生類や爬虫類は文字通り、“両生爬虫類館”に押し込められている。ついでに魚類もここ。
なんというか、“日陰者”という感じがして親近感が持てる。
――まぁ、面積配分に関しては大きさによるものなんだけどね。
現代ではゾウみたいに大きい爬虫類はいないし……。
ちなみに、恐竜は爬虫類ではないらしい。足の生え方を比べればなんとなくわかるだろう?
鳥類というのは恐竜に含まれるらしいのだが、さらにややこしそうなので置いておく。
爬虫類は哺乳類に比べるとマイナー感があるが、それでも見ていると可愛らしく思えるものだ。
つぶらな瞳を見ていると、なんか“内面”があるような気がする。
もしかしたら愛玩用オートドールも複雑なだけで結局は似たようなものなのかもしれない。
つまりはオーナーが勝手に内面を見出しているということだ。
AIが搭載される前の純粋なシリコンの塊、オートじゃないドールだった時代から一定のファンは存在した。
当時のドールメーカー曰く、見る人によってどうとでも取れる目が重要なのだと。
つまりはそういうことなのだろう。
そんな高尚なことを考えながら、じっくりと爬虫類を堪能した。
「さて、そろそろ帰るか」
「えーっ、まだまだ見るところたくさんありますよー」
イリスはそう言うが――。
「僕は“せっかく来たのだからなるべくたくさん見て回らないと”という考え方がキライなのだ」
「そうなのですか」
イリスの言う通り、まだまだ見所は残っているが、今日は十分に楽しめたな。
次は別の動物を見るのもいいし、近くの科学博物館に行くのもいいだろう。
「ハルト、もうすぐ近くの美術館で〈鳥獣戯画〉の展示をやるらしいですよ!」
「それは絶対に嫌だ」
確かに興味はあるが、これはあまりの人気のために“地獄絵図”が確定している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます