第13話 はじめてのデートなのですよ!(前編)
今日はイリスにとってはじめての外出となる。
目的は2つ、外出の訓練と衣服の入手だ。
現状、僕のものを着せていているけど、十分にカワイイし特に問題はない。
だけど、せっかく高いカネを出して実身体を買ったのだから、もっと可能性を追求してみたいのだ。
というわけで、服を求めて外出することにした。
スマートグラスである程度のサイズ測定は可能であるが、実際に試着できるに越したことはない。
外出に関して最大の懸念はイリスの身体が高価であることだ。
近年、オートドールの普及と共に専門の窃盗団が暗躍しはじめた。
他にも単純な事故による破損も怖い。
だからといって、ずっと室内飼いというのはもったいない。
ちなみに下着に関してだが、オートドールは代謝しないのでかなり長期間同じものを着用し続けても問題ない。
初期装備に加えて、予備がオマケで付いていたので、しばらく後回しでいいだろう。
まぁ、女性用下着売り場はハードルが高すぎるというのが本音だが……。
「ハルト、出発予定の時間まで5分と25秒です」
出発予定時刻はあくまで目安として伝えたのだが、さすが機械、細かい。
「電気の貯蔵は十分か?」
「
今回の予定ならそれだけあれば十分だろう。
ちなみに“通常の状態”とは“気温28度で上り下りがなく舗装された道を歩くこと”を指すらしい。
「一応、ケーブルは持っていくが、なるべく早く帰ろう」
オートドールに限らず残り稼働時間はあくまで目安である。
実際の行動によって大きく変化するので予定にはかなり余裕を持たなければならない。
こうして僕たちは家を出て近くの駅に歩き始めた。
「ハルト、今日は電車に乗るのですよね?」
「そうだね。今回の外出は電車の利用の練習も兼ねている」
「ワタシ、電車に乗るの楽しみです」
イリスは無邪気な笑顔で言う。
「そんなにいいもんじゃないぞ。特に満員のはな……」
僕も稀に乗ってしまうことがあるが、あれは酷いインスタント地獄だ。
「日本の労働者の心身を蝕んでいると悪評高いですね」
「ああ、その通りだ」
まぁ、オートドールの普及が進めば改善されるだろう。
基本的にオートドールは通勤しなくていいからね……。
「ですから、逆に人間のストレス耐性の参考情報になるかと」
「考え方が怖いぞ」
そして、改札口に近づいた時、イリスは極めて哲学的な問題を口にしたのだ。
「ワタシは『おとな』なのですか?」
「は?」
誕生年から考えれば大人ではないが、
それならキャラクターとしての『設定年齢』か?
そんなものは決めていていないぞ。
「検索したところ、オートドールは『おとな』として扱うされています」
ああ、鉄道の客としての扱いか、そうだよな……。
「まぁ、人型だしな。ちなみに、荷物として考えると重すぎてアウトだな」
荷物として持ち込めるのは基本的に30キログラム以内らしい。
ちなみにオートドールをペットして考えるとケージに入れないといけなくなるのでやはりアウトだ。
「……なるほど」
「ほい、これを持っておけ」
僕はスマートウォッチをイリスに渡した。
もちろん、オートドールであるイリスは内部時計で時間を知ることができる。
これは彼女が鉄道を利用するために必要なものだ。
このスマートウォッチには電子マネーに対応している。
ここでも科学技術は進歩し、もはや改札機にタッチする必要すらもない。
ただし、2つ以上所持していると正常に動作しないことがある、という弱点がある。
「……残高10万円……? 結構ありますね」
イリスは電子マネーの残高を口にする。
「読めるのかよ?」
確かにスマートウォッチを操作すれば残高は確認できる
だけどイリスの指はそのような動きをしてはいなかった。
つまり……直接読んだのである。
「高級オートドールの嗜みですよ」
僕が驚いてしまったために、イリスは得意げになっているが、よく考えるとそこまですごくはない。
特にどうでもいい仕様だったので確認していなかっただけである。
ちなみに、価格が安い業務用オートドールの方がそのような機能が付いていることは多い。
そして改札口前――。
「いいか、周りをよく見て正しく改札を通過するんだぞ? スマートウォッチは付けているから、あとは歩くだけだ。スマートウォッチが振動すれば成功だ」
「任せてくださいっ!」
そして、意気揚々と歩き出したイリスは難なく自動改札機を通過した。
こちらを振り返り、にこやかに小さく手を降っている。
「よしっ!」
思わずガッツポーズする僕。
すぐに僕も自動改札機を通過して追う。
ちなみに、僕のスマートグラスも自動改札機に対応しており、通過すると視界にメッセージが表示される。
「大したことなかったですね」
「なんでもないことがこんなにもうれしい」
「まーた大げさですね、わたしは子供ですか」
子供みたいなものだけどね。これがはじめての外出なのだから。
「似たようなもんだろう、次の試練はエスカレーターだ。これは僕も結構大変だったんだ……」
幼少期の苦労を思い出す。
そういえば、あの頃のかーさんはまだ機械じゃなかったなぁ……。
僕の心配を余所にイリスは問題なくエスカレーターに乗り、慌てて僕も後に続く。
こうして僕たちはプラットホームに出た。
「次の問題は電車の揺れに対応できるかだが……」
「まぁ、きっと、大丈夫ですよ」
イリスは相変わらず楽天的だ。
「念のために人が少ない時間帯を選んであるよ」
「普通に座ればいいのではないのですか?」
「ダメだ、今のうちに練習しておかないと」
「ハルトはチキン野郎ですね」
「知っているか? 本当の鶏は
「闘鶏とかありますからね」
「……調べたな?」
乗りこんだ電車が発車した。
席は十分すぎるほど空いているが、僕たちは立っている。
窓の外の景色が流れる速さがどんどん上がっていく。
「大丈夫か……?」
僕はイリスに声を掛けてみる。
「大丈夫です、問題ありません」
ガタン――突如激しい揺れが起きた。
「うぉっ!」
僕は大きくよろめく。
それをイリスが素早く抱きとめた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ」
とりあえず、そう返事をする。
「もしかして、ハルトの方が危ないのではないですか?」
「そ、そんなことはないっ。小さい頃からずっと電車に乗りこなしているんだぞ!」
「乗りこなすって……」
自分で言っておいて何だが、おかしな表現だ。
サーフィンの波なのか?
かつて、二足歩行ロボットの実現は困難と思われたが、いざ実現すると、生身の人間より安定していたりするのかもしれない……。
こうして? 僕たちは無事に目的の駅に下車することができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます