第14話 はじめてのデートなのですよ!(後編)

 駅の建物から出て、デパートを目指す。

 何事もなく到着し、そのままエスカレーターに乗って女性服売り場向かう。


 来てしまった……。

 本来なら絶対に来ない、アウェイ中のアウェイだ。

 ここでは負の地形効果を得てしまう。

 しかし、愛玩用オートドールのオーナーは基本的に通る道である。


 周囲をじろじろと見ていると店員が近づいてきた。


「どのような服をお探しでしょうか?」


 この店員は生身の人間のようだ。


「童貞を虐殺できるのをお願いします(キリッ)」


「は? え、え~っと」


 困惑する店員。

 過去一部の人々でのみ使用された表現をさらにアレンジしているから通じなくて当然である。


「こらっ、イリス! 僕を相手にするのと同じ感覚で会話しちゃダメだろう……」


 このノリがわかる人ばっかりじゃないからな……。

 むしろ少ないのである!


「すみません。えーっと、白いブラウスと暗い色のロングスカートで考えています。上流階級感があって、フリルとかはあまりない感じで……」


 上流階級感って……なんだ、その表現は?

 しかし、確かにイリスがいつも仮想空間で着ている服を言葉にするとそんな感じかもしれない。

 何やら僕の趣味が勝手に漏れているようで恥ずかしい。

 別に悪いことをしているわけではない。時代の先端を行くものとして堂々としていればいいのだ。


「それでしたら――」


 店員の案内でめぼしい服を見つけていく。


「これカワイイです。これもいいですね! これも童貞を殺害できそうです!」


「だからその表現を外で使うなよ……」


「“糸屋の娘は眼で殺す”っていいますよ?」


「確かに……現国の先生がそんなことを言ってた気がする」


 イリスは選んだ服を持って試着室に入った。

 しばらくすると――。


「ダラララララララララ~、じゃじゃ~ん♪」


 と、頭の悪いセルフジングルと共にイリスは試着室のカーテンを開け放つ。


「どうですか、ハルト?」


「素晴らしい! まるで二次元キャラがそのまま実体化したようだっ!」


 世の中には着る人をとことん選ぶ服装というものが存在する。

 それでも着こなしたときには、とてつもない“尊さ”を醸し出すことがあるのだ!


「と…とてもお似合いですよ」


 いけない……やはり店員が困惑している!

 まぁ、仕方ないか。


「せっかくだから、黒っぽい服もいってみようか」


「ゴシック・ファッションですか?」


「そうだな……ヴァンパイアが着てそうな感じの」


 この実身体が入っていたケースを思い出す。


「さすがアニオタらしい感性ですね」


「それは褒めているのか?」


「…………」


 イリスは真顔で沈黙しながら、そっとカーテンを閉めた。


「ヲイっ!」


 そんな調子で合計3セットの服を選んだ。


 そして会計タイムである。

 これもイリスにやらせることにして、僕は後ろから見守る。

 会計に使うのは電車にのるために使ったスマートウォッチだ。

 改札口を通るときと異なり、端末へのタッチが必要である。

 これも予定していた訓練の一環である。


 イリスはこれも難なくこなした。

 まぁ、料理ができればこれくらいはできるか。


「ありがとうごいました」


 無事に今回の外出の目的は完了。

 帰るまでが遠足ですってか?


「さて、目的の物は買えたな。今日のところは帰るか」


 そう呟いたところ、イリスが意外なこと言ってきた。


「ハルト、よかったら喫茶店に寄っていきませんか」


 なるほど、紅茶でも飲みたい――わけがない。

 オートドールは疲れたりもしないしな。

 厳密には発熱の問題が存在するが、そこまで無理な動作はしていないはずだ。


「おまえ……なんも食べられないぞ?」


 とりあえず確認しておく。


「ハルトは無粋ですね~。経験の問題ですよ」


 なるほど、隙きあらばデータを集めようとするのはAIの基本習性だ。


「……そうか。電池バッテリーは?」


 特に命令しなくても電池バッテリーの残量に関してはAIは常に考慮し続けている。

 しかし、重要なことなので念のために訊いておく。

 自分の2倍以上の質量を持ったオートドールが外出時に停止した場合、かなり面倒なことになるからだ。


「推定稼働時間はあと1時間37分です」


「まぁ、いけなくもないか……」


 30分あれば自宅まで戻れるし、喫茶店であれば電池バッテリーの消耗も比較的少ないだろう。

 比較的というのは、つまり、オートドールの電力消費の大半は思考そのものによるからだ。

 あま博士の話では、最初は膨大な消費電力を無視して開発し、後から最適化を積み重ねて電池バッテリーで動作できる段階までもっていったらしい。


「やったぁ~」


 素直に喜ぶイリス。

 僕たちはデパート内の喫茶店に入ると、ウェイトレスが出迎えてくれた。


 もちろん、彼女もオートドールである。

 しかし、配送用オートドールと違い、ほとんど人間に近い外見をしている。

 やはり仕事内容に合わせて最適化されているのだ。

 また、店のスタイルによっては、あえて無機質なタイプを使用している場合もある。


「お客様は何名でしょうか?」


「……2人です」


 飲食店での定番の質問に対して、とりあえずそう答えた。

 これも電車と同じで難しい問題である。


 人間ではないが、人間と同じように場所を取るのだから人間として数えるしかない。

 ただし、人間と違って飲食しないので売上には貢献しない。


 店よ、すまない……。僕は心の中で頭を下げた。

 そのうちオートドールお断りな店が出てきてもおかしくはないぞ……。


 ウェイトレスは僕たちを窓際の席に案内し、僕とイリスは向かい合って席についた。

 彼女は知ってか知らずか、イリスの前にも水の入ったコップを置いてくれた。


 イリスは水をぐびぐびと飲む。


「ぷはー、この一杯のための生きてるぅ」


 と、オヤジっぽいこと言うのだった。

 しつこいようだが、オヤジっぽくても美少女がやればカワイイ。


「さて、おまえは何も食べれないけど、どうするんだ?」


 僕はメニューに目を通しながら尋ねる。


「そうですね~。まず、ハルトはこのフルーツパフェを注文してください」


「え? 僕が食べる分をおまえが指定するのかよ」


「そうです。嫌いでしたら無理にとは言えませんが」


「まぁ、これでいいや」


 イリスの要望通りにフルーツパフェを注文した。


「知っていますか? “パフェ”って“完全な”って意味なんですよ」


「……知らなかった」


「ワタシみたいですね!」


「そういうことはパフェが食べられるようになってから言おうな?」


「あ、いいんですか? 無理やり喉の奥に詰め込みますよ?」


「やめろよ、ポンコツ!」


 そんな和やかな会話をしながらしばらく待っていると、写真の通り、苺、林檎、オレンジ、メロン、葡萄と様々な果物フルーツに彩られた豪華なパフェが到着する。


「さて、着たぞ。これを食べればいいんだな?」


「そうですけど――」


 イリスは容器を掴んで自分の下に引き寄せる。


「え?」


 呆気にとられる僕。

 まさか本当に食べる気か――?


 そんなありえない予想はやはりありえなかった。

 そして、イリスはスプーンを手に取ると、パフェの苺の部分を掬って、


「はい、あ~ん」


 と、僕の顔前に突き出してきたのだ。


「な、なんだよ」


「さっさと親鳥に餌をねだる雛鳥のように口を開けてください」


 ど、どういう例えだ……?

 しかし、僕は勢いに負けて、言われた通りに口を開ける。


 開けた口の中に、苺が乗ったスプーンが運ばれる。

 口の中に甘ったるいクリームと甘酸っぱい苺の味が広がった。

 イチゴミルクという言葉が定番化している通り、相性抜群の組み合わせである。


「美味しいですか?」


「……僕自身のカネじゃなかったらもっと美味いだろうな」


 スマートな照れ隠しとして皮肉を言ってみた。


「仕方ないじゃないですか。ワタシには財産権がないんですから。むしろ、ワタシ自身もハルトの財産なんですよ。ワタシがハルトに奢ったら“尾を飲み込む蛇ウロボロス”ですよ」


「どんなに高度な人造人間アンドロイドでも飯を奢ってはくれないんだよなぁ」


「あと、責任を取ってくれる人造人間アンドロイドもいないですね」


「まぁ、責任なんて本質的には存在しないからな。便宜上存在させているだけなんだよ」


「それはどうしてですか?」


「う~ん、人間が自由じゃないからだな。結局、人間も状況に対して反応するだけの機械に過ぎなんだよ……」


「え? ハルトは機械だったのですか?」


 ……この例えは理解できなかったのかな?


「有機物がいっぱい使われているけどな……」


 今すぐに理解する必要はないことだ。


「わかりました。さぁ、有機物を補充してください!」


「お、おう?」


 わかっているのか、いないのか。

 イリスはそう言ってニコニコしながらパフェをスプーンで掬った。


「ハルトにはワタシを育てたセキニンを取ってもらいますよ? ほら、食べろ♥」


 再び口の中には甘ったるいクリームの味と甘酸っぱい果実の味が広がった。

 イリスに食べさせてもらうだけで、ちょっぴり美味しさがアップしている気がする。


 ……………………。

 …………。


 いや、最初はいいけど、だんだん面倒になってくるな……。


 僕はイリスからスプーンを奪う。


「あとは、自分で食べるよ……」


「ええ~っ!」


 残りのパフェを食べている間、イリスから抗議の視線を受け続けるのであった……。


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