第12話 ワタシ作る人、あなた食べる人

「ただいまー、あれ?」


 実身体が届いてから、外出から帰る度にイリスが出迎えてくれるようになった。

 いつもならドアを開けたときにはすでに目の前にいるはずなのだが……。

 なぜか今日は姿が見えない。


 台所からほのかににんにくの香りが流れてきている。

 様子を見に行くと、イリスは……エプロン姿で……料理を……していたっ!


「あら、ハルちゃん、おかえり~」


「おかえりなさい、ハルト。すみません、手が離せなくて」


 イリスにしては珍しく申し訳無さそうに言う。


「それはいいけど、何やっているんだ?」


「そりゃ、料理ですよ」


 そこまでは見ればわかる。


「料理は基本的にかーさんが作っていたけど?」


「イリスちゃんがね、料理を覚えたいっていうのよ」


「で、かーさんが教えているのか」


 こういう自主性があるのが、高度なAIの特徴である。

 もちろん、カスタマイズや育成にもよるけど。


「はい、料理の作り方自体はネットにいっぱいありますが、この家ならではのやり方、お父様やハルトの好みについてはユウカに教えていただかないと」


「ハルちゃんがイリスちゃんに〈生通信テレパシー〉さえ許可してくれたらもっと簡単なのに……」


「……ダメだ」


 僕は反射的にそう言った。

 通常、人間が意思疎通を行うためには文字や声、つまり視覚や聴覚を経由する。

 この〈生通信テレパシー〉というのは、それらを経由しない情報伝達方法で、人間らしいAIが登場して初めて生まれた概念である。

 もちろん、これ以前にも創作フィクションでは超能力や電脳化によって描かれていたが、それはそれ。


 僕は自分のAIたちに対してかーさんとの生通信テレパシーを禁止している。

 つまり、かーさんとイリスの情報交換は音声会話など、必ず人間でも可能な方法でなければならない。


「ハルトがそう言うなら仕方がないですね」


 はっきり言っておけば深くは追求してこないのがジェネシスAIのいいところだ。


 高度なAIが主人を認識する方法についてだけど――。

 まず、過去の記録に関係なく特定の条件を満たす人物を主人とみなし、命令を受け付けるというパターンがある。

 例えば、IDカードを所有している、登録された指紋を持っている、合言葉パスワードを言う、などがある。

 これらは業務用に多い。


 それとは異なり、過去の経験によって柔軟に主人を判断するパターンもある。

 かーさんやイリスは当然こちらだ。

 さらにかーさんの場合は、主人はとーさんであるが、その家族である僕を準主人としてみなすようになっている。

 逆にイリスにとってはとーさんが準主人だ。

 主人に損害が発生する可能性が高くない限り、準主人の命令にも従うのである。


「それで作っているのは――餃子だな」


「はい。ワタシが心をこめてひとつずつ丁寧に包んでいますからね」


「なかなか面倒そうだな」


「だから餃子なんですよ」


「ん? どういうことだ?」


「餃子は人間にとってはそこそこ面倒な料理です。それを苦もなくやってしまうことで、ワタシの素晴らしさをアピールしているのです。さらに今回は皮を手延するところからスタートしていますからね」


 イリスはドヤ顔で語る。


「おまえの行動心理の方が面倒だ」


 会話をしながらもイリスは確実に皮で具を包んでいた。


「ところでイリス、おまえもかーさんと同じで味見せずに作っているわけか……。まぁ、できないから当然だな」


 僕の何気ない言葉に対するイリスの返答は意外なものだった。


「いえ、味は確認できます。


 そう言いながら人差し指を立てて見せるイリス。

 味を……確認できる……だと……?

 ん? 指……で……?


「え? そんな機能があったのか?」


「これはもともと毒とかを判別するセンサーだったと思うのですが、副次的に甘い辛いなどの味も判別ができるようです」


「あら、物騒ね」


「おそロシア」


 また出てしまった。このダジャレ使い勝手が良すぎるだろう……。


「ただ、歯ごたえとかは判断できませんの料理の味見用としては不完全ですね。例えば、ある果物に対してほぼ同じ甘味や酸味を持つグミは作れますが、絶対にグミだとわかります」


 イリスはわかりやすく解説してくれた。


「なるほど、それはそうだろうな」


 これは珍しい機能だな。


「味覚がなくても料理というのは正しいレシピに従って作ればだいたい問題ないのよ」


 かーさんの“レシピ通り理論”はほぼ正しいと思っている。

 これまでに不味い料理が出されたことはほとんどなかったからね。


「つまり、新しい料理を創作しなければ大丈夫ということか……」


「いえ、作り方をちょっとずつ変えて、ハルトが片っ端から味見してくれればできなくもないですよ?」


「い・や・だ」


 コンピューター様お得意の数でゴリ押し戦法……。

 だが残念、その方法には僕というボトルネックがある!

 あと、材料の無駄遣いだ。よって絶対に却下する。


    *


 さて、お待ちかねの食事の時間――。


「どうです、ハルト。おいしいですか?」


 ――ズルズル。


「おう、このラーメン美味いな!」


「それ、チルドじゃないですか! ワタシが訊いているのは心をこめて包んだ餃子の方ですよ」


 僕にはチルドのラーメンを作るのもそこそこ面倒だけどね。


「おまえ……心があったのか……!?」


「ハルトこそ人の心が足りません」


 オートドールは手間を惜しんだりはしない。

 だからといって、料理は何でもフルスクラッチすればいいというものでもない。


 まず、一般家庭で保管できる材料に限界がある。

 さらに、フルスクラッチした場合、ゴミが大量に出る。

 そして、レシピがなかったり設備がないために再現困難な味というものがる。

 というわけで、オートドールが料理をしてくれる真行寺家でも、レトルト食品やチルド食品が食事のレパートリーに組み込まれているのだった。


「……うん、美味いな。当たりのレシピを引いたんじゃないのか」


「わたしの努力を認めてくださいよ」


「イリスは偉いなぁ……」


「なんか投げやりです」


「おーよしよしよしよし~」


 俺はイリスの頭をたっぷりナデナデした。

 しかし、これ、結構手を上げないといけないのだな……。

 そういえば、この実身体の身長は僕より高いのだった。


 そんな感じでイリスと和やかに戯れていると――。


《本日、東京都渋谷区にて、AIの普及に反対するデモが開かれました――》


 今まで聞き流していたテレビから急に引っかかる言葉が聞こえたのだ。


「AIの普及に反対するデモ……?」


 なんだ? その頭の悪いのは!

 僕は〈ネオ・ラッダイト運動〉という言葉を思い出した。


 産業革命の時代、仕事を奪われることを恐れた人々が機械を破壊する運動を起こした。

 それは〈ラッダイト運動〉と呼ばれている。

 その後のIT革命においても同様の懸念を持つ人々が現れ、そのような考え方に基づく運動を〈ネオ・ラッダイト運動〉と呼ぶ。

 これはつい最近までそこまで激しい運動には至っていなかったが、オートドールの登場が状況を急速に変えつつあった……。


「きゃ~、わたしたち、反対されてしまいますぅ~」


「あらあら、みなさんお元気ですね」


 デモの参加者が聞けばブチ切れて殴りかかってきそうな発言だ。

 もちろん、ここに彼らがいないからこそ平気で言っているだが。


「ワタシもお出かけすれば、ああいうのが見れるのですか?」


、な」


 あんな頭の悪い集団を見るのはディスプレイ越しで十分である。


「わぁ、楽しみです!」


 我が家のAIたちは呑気だった……。


「あ、イリス。オレンジジュース作ってよ」


「わっかりました~」


 イリスはにこやかに了承してくれた。

 本格的な料理は今日が初めてだが、このジュース搾りはすでに何度もやってもらっている。

 冷蔵庫からブラッドオレンジを3個取り出すと、包丁でそれぞれを半分に切る。


「切って、刻んで、磨り潰す~♪ 切って刻んで磨り潰す~♪ 出てきた果汁は全てハルトの栄養とさせていただきますぅ。感謝するようにっ!」


 わけのわからないことを言いながら、果汁搾り器にオレンジをぎゅうぎゅう押し付けていく。

 恐るべきことに、オートドールは体重をかけずに腕の力だけで軽々とやっているのだ。

 絞れるだけ搾り尽くしたらしく、赤い液体の入ったコップをこちらに持ってきてくれた。

 

「はい、どうぞ」


「おお、ありがとう」


 ――ぐびぐび。


 受け取ったジュースを惜しげもなく一気に飲む。

 口の中に爽やかな酸味と甘味が広がる。

 うん! やっぱりジュースは搾りたてが一番だな!

 微妙に果肉が混じっているのがまたいい。

 ジュースは搾りたてに限るが、かなり面倒なのだ。

 だけど、オートドールにやってもらえば、全く問題ないのである。


 愛でてよし、使ってよし、やはりオートドールは人類の救世主だろう。

 オートドール万歳!


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