第08話 オートドール専門店に行こう!(前編)

 僕は秋葉原駅で電車を降りた。

 約束通り、崎本さんのオートドールショップ〈メリーさんの電気羊〉へと向かっているのだ。

 相変わらず多くに人々が行き交っている。


 インターネットによる通信販売の発達で秋葉原の電気街としての役割は低下したかに思えたが、今でも“象徴”としての役割は十分にある。

 さらにはインターネットでは得られない情報も集まっている。

 IT環境がいくら発達しても、インターネットで得られるのは所詮はカメラとマイク、そして他者を経た情報だ。

 例えば、ディスプレイの品質はディスプレイ越しでは確認できない。


 僕は立ち止まり、自分のスマートグラスが“充電中”を示していることを確認する。

 なぜ、充電ケーブルを接続していないのにそうなるのか?

 これは故障ではない。答えは単純――本当に充電しているからだ。


 かつて、天才科学者ニコラ・テスラは無線送電を実現するために〈世界システム〉を計画したが成功には至らなかった。

 しかし時が進んで今、ついに夢の無線送電システムが実用化されようとしていた。

 これはニコラ・テスラの名にちなんで〈テスラシステム〉と呼ばれている。


 秋葉原はそのシステムの先行実験区域となっているのだ。

 対応したデバイスならその空間にいるだけで自動的に充電されていく。

 今はまだ対応している製品というのはほとんど存在しないのだが、専用のアンテナを接続すればその恩恵にあずかれる。

 残念ながらオートドールのように消費電力が大きいものにはまだ対応できていない。


 ちなみに、小規模な空間であれば簡単にシステムを構築することができ、僕の部屋はすでにそうしている。

 あま博士の研究室を真似て、機械の蝶達を飛ばしたりもしている。

 その蝶たちはエネルギーが尽きることなく空中を舞い続けることができるのだ。

 ……たまにうざくなって止めるけど。


 本日はゴールデンウィーク初日、絶好の“アンドロイド日和”である。

 こんな休日まで働いているなんて崎本さんは大変だなぁ……。

 まぁ、代わりに他の日に休んでいると信じたいところだね。

 だけど崎本さんは「私のオートドールソムリエとしての能力は今のAIではマネできないよ」とか豪語していたし……。

 さらには、「この仕事は最も多くのオートドールに触れられるからね」とも言っていた。

 よほど好きでやっているのだろう。その気持ちはわからなくもないけどね。


 目的の店は中央通りを越えた先にあり、看板には[オートドールショップ メリーさんの電気羊]と書かれている。

 この店は5階建てになっており、1階、2階、3階と上の階に上がるほど商品はのだ。

 新品の愛玩用オートドールの売り場は3階で、4階と5階は中古品売り場である。


 入り口から入ると、無機質でいかにもロボットという感じのオートドールたちがずらりと並んでいた。

 荷物を運ぶなどの直接感情には関わらないような作業をするための製品たちである。

 車輪やら多足やら、二足歩行ですらない製品も多い。

 そういうのをオートドールと呼んでいいのかはビミョーなところである。

 少々わかりにくい例えかもしれないが、戦車と自走砲の関係に違いに近いかもしれない。

 ……砲塔を旋回できる方が戦車だぞ?


 2階に上がると、今度はコンビニや飲食店、役者や銀行の窓口で使われるような比較的人間に近いオートドールが並べられていた。

 ここまで来ると、さすがに二足歩行ばかりだ。だが、僕が求めるレベルには達してない。


 そして、さらに上のフロアへと進んだ。

 3階には18歳未満お断りの暖簾が堂々と掲げられている。


「ハルト、まさかこんな暖簾ごときにビビったりしませんよね?」


「当然だよ」


「よろしいっ! それでこそワタシの変態ハルトです」


 品行方正なメーカーもののAIならば止めるところだが、さすがは僕が育てたAI、こうやってガンガン煽ってくる。

 まぁ、すでに何度も潜っているのだけどね……。


 暖簾を潜ると一気に内装が変化する。

 これまでの無機質で家電販売店のような雰囲気から、まるでアンティークショップような温かみのある雰囲気を醸し出しているのである。


 そしてその先で出迎えるオートドールたち。

 彼女たちは1階や2階で見たものとは大きく異なり、一見すると生身の人間と区別が付かない。

 それでも彼女たちがオートドールだとわかるのはケーブルが接続されているからである。


 彼女たちはそれぞれが崎本さんが選んだ服を着用しているが、肌の品質を確認したい場合は頼めば自分で脱いでくれる。

 あくまで“品質確認”だぞ?

 ちなみに、舐めるとさすがに怒られるらしい。

 冗談みたいな話だが、そんなのが本当にいるから世の中恐ろしいと思う。


 入口近くにいた赤毛のオートドールの前に立ち、じっくりと眺める。

 ウェスタンシャツにネッカチーフ、さらにホットパンツ、そしてカウボーイハットという、アメリカンな服装だ。

 リボルバー拳銃とか持たせてみると似合うかもしれない。

 パツンパツンに張り裂けそうな胸と尻がとってもえっちで大変よろしい。


「こんにちは! ボクは〈スマート・ヘンタイ〉の最新型オートドール、型名〈アンジェリカ―2〉だよ」


 見た目に反して流暢な日本語を話している。

 一人称が“ボク”とかなかなか“理解わかっている”じゃないか。

 

 このフロアにいるオートドールたちはメーカーから貸し出されており、そのAIもデモ展示用の特別なものである。

 愛玩用AIとは長い時間をかけて育てていくものなので仕方のないことなのだ。

 彼女たちは商品見本であると同時に店員でもあり、自身の仕様についてそれは語ってくれる。


「〈スマート・ヘンタイ〉ってずいぶん、攻めた社名ですよね」


 イリスが感心したような感じで言う。

 世界に通じる声に出して読みたい日本語、〈ヘンタイ〉。


「創業者が日本のアニメ大好きらしいぞ」


 日本のアニメはとってもいいから当然だよね。

 特に表現の自由が素晴らしい。


「顔立ちも日本人のオタクにウケそうな感じですね。ハルトもこういうのが好きなんでしょ?」


 イリスはニヤニヤしながら言う。


「まぁ、ね……。ただライバル会社たちもいい仕事してるからな」


 晴人は次に黒い髪をしたオートドールの前に移動した。

 柳腰がはっきりとわかる、やはりチャイナドレスを着ている。


「わたしはゴールデン・テクノロジー社のオートドール、〈チャオクーニャン〉です」


「“アルヨ”とか言わないの?」


「言わないアルヨ」


「やるねぇ……」


 今度はペアになっているオートドールたちに近づいてみる。

 片方が黒髪で片方が銀髪だが、顔はそっくりだ。

 彼女たちは左右から僕を挟むような位置に動いた。


「「せーの、いらっしゃ~い」」


「ようこそ――」


「〈メリーさんの電気羊〉へ!」


「わたしがこうやって片方から話しかける時――」


「わたしがこうやって反対から話しかけるよ」


「この店に来たってことは――」


「オートドールに興味があるんだよね?」


「あんたはこのお店で運命のコと出会えるかもしれないし――」


「出会えないかもしれない。あなたはわたしたちを購入してくれるかもしれないし――」


「購入してくれないかもしれない」


 なんか頭がクラクラしてきたぞ……。

 別にこういう双子モデルの製品があるわけではなく、単なる使い方例である。

 端的にいえば、崎本さんの遊び心だ。


 高額な愛玩用オートドール2体も使ってよくやるなぁ、と呆れると同時に感心する。


 ちなみに、展示品の性格も容姿はあまり重要ではない。

 注文時にかなり自由にカスタムできるからである。

 展示品はあくまで“品質クオリティ”の目安なのだ。

 オートドールを購入するにはある種のコツがあるといっていいだろう。


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