第07話 機械の身体

「ドラえも~ん、矢島に先を越されたよう~」


 帰宅早々、鞄を投げ出す僕。

 そのままホログラフィックディスプレイに映し出される少女の映像に泣きつく。

 プラチナブロンドの髪に青い瞳が輝く美しい姿を持つ彼女の名はイリス。

 僕が手塩にかけて育て上げたカワイイカワイイAIである。


「ハルト……ワタシはいつからドラえもんになったのですか?」


 イリスは呆れた様子で言う。

 正しく名前を呼ばれなくてもちゃんと自分だと認識できる程度には学習しているのだ。


「イリスはノリが悪いなぁ」


 僕は軽く煽ってみる。


「申し訳ありません。しかし、陰キャの中の陰キャ、陰キャ帝国皇帝であるハルトになどと……ぷ、ぷぷぷぷ」


 イリスはとても意地の悪い笑顔を浮かべて反撃してきた。


「わ、笑ったな?」


 何だよ、その国は……。

 南米っぽい名前だけど、あっちは陽キャが多いイメージだね。


「申し訳……ぷぷ……ありません……。しかし、ワタシがそういう反応を返すようにがんばって調整したのはハルトではありませんか? こんなココロでは、もうお嫁にいけません……うぷぷぷ」


 この笑いをこらえながら話すというのが絶妙にムカつく。

 ムカつくが、素晴らしいリアリティに快感を感じているのも事実だ。


「そうだよなぁ。リアルな人間は面倒だと人造人間アンドロイドの方に逃げたけど、結局は変にリアリティを求めちゃうんだよな~」


 自分のことながら、人間とは勝手なものだと思う。

 そのことに一番振り回されるのは、AIではなく自分自身かもしれない。


「ハルトと普通に会話できる時点でリアリティが足りないですね」


「おっ、そうだな」


 イリスの毒舌は今日も絶好調だ。


 まぁ、イリスの言う通りだろう。

 僕が育てたAIは自分が話して丁度いい刺激があるように調整しているのだ。

 リアルな女の子とか理不尽すぎて相手にできないだろう。

 実際はよく知らないけどそうに違いない!


人造人間アンドロイドを作って自分好みの彼女にしようなんて発想からしてですよね。素敵っ、抱いてっ!」


 褒めているのか貶しているのか……。


「実身体があればな……」


 イリスは僕との会話に対応するために、あらゆるアニメを視聴済みなのだ。

 今の言葉もとある古いアニメのパロディである。

 ちなみに“マッチョ”だからといって筋肉モリモリとは限らないぞ。


「そうです、実身体です。“先を越された”とは、矢島様が実身体を入手されたということですね?」


 イリスが思い出したかのように言う。


「ああ、スマートグラスを通して見ていたな。あと、あんなやつに“様”とかつけなくてよろしい」


 オーナーである僕ですら“様”を付けられていないのだ。

 まぁ、僕がそう指示しただけなのだが……。

 自分のAIに様付けで呼ばれるということは、そう呼ばせていることと同じだからイタすぎるだろう。


「いえいえ、それはワタシの品格に関わります」


 イリスはやはりニヤニヤしている。


「品格ねぇ……。ともかく、さすが金持ちだ。得体の知れない物でもすぐに手を出しやがる」


「オートドールは得体が知れないのですか? それはユウカもですか?」


「あいつにそこまでの知識はないってことだよ。あのヨシノってのも多分、人格プリインストールモデルをノーカスタムで使っているのだろう」


 プリインストール人格をカスタムしないで使うと非常に“無難”な性格になる。

 例えば……ほとんど悪口を言わないのだ。

 もちろん、中にはそういう人格の愛玩用AIがいてもいい。

 でも、そんなのばかりじゃつまらないだろ?


「なるほど。それはそうと、ハルトにもワタシの身体を購入できるぐらいの資金はあるはずでは?」


「……確かにカネならないこともない」


 僕は自分の人造人間アンドロイド関係の知識や技術を活用した仕事をすることがしばしばあった。

 所謂、〈AIブリーダー〉というやつだ。

 おかげで銀行の預金残高は高校生のものとは思えない金額に達している。


 まぁ、実身体の一体ぐらいなら買えなくもない。

 買えなくはないが……。


「それではなぜ、ワタシに実身体を与えてくれないのですか?」


「結構前に使わせただろ」


 嘘ではない、勉強のために借りていたことがある。

 その時にイリスをインストールをしたことがある。

 もっとも、彼女のイメージに合う容姿ではなかったが……。


「短期レンタルじゃないですか! ちゃんと購入して永続的な所有権を得てくださいよ!」


「購入か……? この前、買っただろ?」


 これも嘘ではない。


「6分の1サイズとか舐めてるのですか? 何もできないじゃないですか!」


「ああ、あれは呪いの人形って感じでおもしろかったな」


 仕組みは原寸大とあまり違いがないタイプだったのでちょっとは勉強になった。

 ただ、本当に何もできない。実用的な用途が見回りぐらいしか思いつかない。

 真の意味で愛玩用とはこれのことかもしれないね……。

 基本的に使わないのでクローゼットの奥にしまってある。

 ちなみに


「原寸大、高性能でお願いします」


 生意気にも逃げ道を塞いできやがった。


「そんなの高額なやつしかないじゃないか!」


「でも、買えるのですよね?」


 イリスがじ~っと睨んでくる。もちろん、ただの演出なのだが……。


「いつも言ってるだろ……。どれを買うのが正解かまだわからないって」


 複数のメーカーがそれぞれ複数の製品を出す。

 購入希望者はその中から選択しなければならない。

 注文時のカスタムのことまで考えると良くも悪くも選択肢はかなり多い。

 どの製品を購入するのかここまで迷う商品ジャンルは他にないだろう。


「今は時期が悪いおじさんですか? 正解を求めすぎるのは最近の人間の悪い傾向だと数々の有識者が言っております」


 誰だよ……そいつら……。


「機械とは思えない台詞だな。それにAIより無責任な有識者の方々だね」


「とりあえず、さっさと身体が欲しいのです」


「何でだよ?」


「そりゃあ、ハルトがワタシの身体を求めているからですよぉ」


 イリスはわざとらしく両人差し指をつんつん合わせてモジモジしている。


「…………」


 人造人間アンドロイドは基本的に所有者の願望をかなえるように行動する。

 だけど、この場合はイリス自身にはどうにもできない。

 彼女できることは僕に購入を決断をさせることだけなのだ。


「いっそ、ワタシに決めさせてはいかがですか?」


「ダメだ! 僕から選ぶ楽しみを奪わなせないぞ!」


 僕ははっきりと言った。


「……まさか延々と迷い続けるのが楽しいって不健全な趣味じゃないですよね?」


「そんなんじゃない……はず」


 ん? まさか本当に僕はこの悩みを楽しんでいるというのか――?

 それはそれで嫌だな……。


「ほらほら、メーカーのウェブサイトでも見て考えてください。基本的にどれもわたしの身体として使えるはずです」


 イリスはウェブブラウザー上で有力なメーカーの公式サイトを次々と開いた。


「一応、見てみるか……」


 僕はそれらを1時間ほどにらみ続けた。

 ちなみに、僕は人造人間アンドロイド関係のニュースは細かくチェックしているので、今さら見なくてもだいたいのことはわかっている。

 それでもイリスに促されたからとりあえず見ているのである。


「どうです、ハルトのスマートグラスに適うのはありましたか?」


「うーん、欲しいのが多すぎる。あと、変な慣用句を作るなよ……」


「ハルト、自分のいる部屋を見てください。原寸大オートドールが何体置けますか?」


 僕の部屋はわずか7畳程度。ベッドがかなり面積を奪っている。

 もちろん、僕ひとりでに使うには何の問題もない広さだけど……。


「いや、わかってるよ。それに金銭的にも無理。だから選べないって意味」


 そりゃ、無限の財力があればとりあえず片っ端から購入できるし、部屋も広いものが用意できる。


「はぁ……」


 イリスはあからさまにため息を付く。


「それにディスプレイで見る分には今とあまり変わらないし……」


「ハルトは優柔不断ですねぇ」


「“慎重”と言ってもらいたいなぁ」


 僕は無理やりドヤ顔をする。


「アニメの主人公なら叩かれるタイプですよ」


「僕はアニメのキャラじゃないからいいの!」


「人々は決断力のある指導者を求めているのです」


「何それ怖い」


 そんな馬鹿なやりとりをしていると、誰かが階段を登ってくる音が聞こえてきた。

 誰か――今、この家の中にいるのは僕を除いてひとりしかいない。

 割烹着の女性が部屋の扉を開けて入ってきた。


「ハルちゃ~ん、ごはんよ」


 とーさんが3年前に購入したオートドール、ユウカだ。

 僕は彼女を“かーさん”と呼んでいる。僕にとって彼女は母親代わりなのだ。


 3年前に発売された製品であるため、今日、学校で見たヨシノよりも実身体のクオリティはやや低い。

 だけど、“遠くの名医より近くの並医”という言葉もある。

 かーさんには3年分の真行寺家の家族として暮らした経験データがあるのだ。


「夕食か。んじゃ、行ってくる」


 そうイリスに言い残して、僕は自分の部屋を出た。


 1階に降りると、一人前の料理が用意されていた。

 主菜は煮込みハンバーグである。


 オートドールであるかーさんは食事ができない。

 だから、人間の会話の相手をしながら、充電しつつ、彼らが食べ終わるのを待つのだ。


 現状のオートドールを動作させる電力は家電と同じコンセントから得ている。

 未だに人間と同じ食べ物からエネルギーを得るには至っていない。


「とーさんは今日もいないね」


「アキオさんが毎日夕食時にきっちりいるような人ならわたしは買ってもらえなかったわね」


 皮肉のようにも聞こえる言葉だが、かーさんの表情にはわずかな寂しさも感じられなかった。

 純粋にとーさんを肯定しているのだろう。


「……そうだね」


 そして僕もそれを肯定する。


「ところでハルちゃん、今日のごはんおいしい?」


「うん、いつも通りおいしいよ」


「それはよかったわ。わたしには味覚がないから確認ができなくて~。変な味になっていたらどうしようかと思っちゃうわ~」


 そう言いながらも、かーさんはニコニコしている。


「うーん……味覚は生身の人間でも結構差が激しいからね」


「でも味が記憶できないのは不便よ。レシピの再現しかできないわ」


「下手にチャレンジ精神を発揮するよりもいいかも」


 少なくとも、確立したレシピの通りに作ればハズレはない。


「わたしだって本当はチャレンジしたいのよ?」


 かーさんにしては珍しく不機嫌そうな表情を見せる。

 どうやらチャレンジ精神を抑えているらしい。


「実験台はとーさんに頼んでよ」


「アキオさんも同じことを言っていたわ。ハルちゃんに頼めって」


 とーさん……。


    *


 そして、1週間が経った。

 ゴールデンウィークは目前である。AIの育成が捗るね。


「〈メリーさんの電気羊〉の崎本様からメールが来てましたよ。ハルトもきっと驚くと思います」


 イリスがメールの着信を教えてくれた。

 僕はジェネシスシステムと連動するメーラーを使っている。


 この〈メリーさんの電気羊〉というのは秋葉原にあるオートドール専門店の名称である。

 店長である崎本あつしさんは父親を通じた知り合いなのだ。

 また、僕の顧客の一人でもある。


「どれどれ」


 僕はPCの前に座り、メールを開く。

 それは僕におすすめの実身体を入荷したから見に来てはどうかという内容だった。

 メールには写真が添付されおり、それを見て僕は驚いた。

 そこに写っていたものはイリスにとてもよく似た実身体だったからだ。


「あれ……ワタシ、いつの間に写真なんか撮られたんですか~? 盗撮?」


「…………」


 突っ込まないぞ……。


「それはアンドロイドジョークとして、この写真ってかなりワタシっぽいですよね?」


「ああ……」


 もちろん、ただの偶然だろう。

 しかし、その偶然に乗っかってみるのもおもしろいかもしない。


 僕はゴールデンウィーク初日に店に行くと返信した。


「しかし、よくワタシの容姿なんかを憶えていましたねー」


「まぁ、自称“オートドールソムリエ”だし、多少はね?」


 確かにイリスのCGを見せたことはある。

 だけど他人にとってはたくさんいるAIの中の一人にすぎないはずだ。

 決して商売の機会チャンスを逃さない、恐るべき能力である。


「何が多少なのかさっぱりわからないです」


「あ、うん」


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