第06話 噂のあのコはオートドール(後編)

 僕は悔しかった。人造人間アンドロイドへの愛は誰よりも深いという確信があったからだ。

 少なくともこのクラスでなら最初に実身体を持った人造人間アンドロイドを所有するのは僕でなければならなかった。


 基本的にオートドールは高校生に購入できるものではない。

 だが、矢島礼司は特別だった。

 僕も含めて親が購入したという生徒はいるが、“自分用”というのはおそらくクラスどころか校内でアイツだけだと思っている。

 きっちりと調査したわけではないが、それぐらい高価で珍しいものなのだ。

 もしかしたら僕が知らないだけですでに自分用のものを所持している生徒もいるかもしれないが、知らなければ知らないで悔しさを感じることもなかった。

 だけど矢島はまるで自慢するかのように堂々と連れてきてしまったのだ!

 もちろん矢島は何も悪くない。悪くはないが僕は深く傷ついた。

 そして、その感情を表に出すことはできない。


 とにかくそんな感じで憂鬱な気分になっていると、ホームルームの開始を報せるチャイムが鳴り響いた。

 直後に教室の大スクリーンに女性の姿が映し出される。

 よねえい、このクラスの担任教師である。ちなみに担当教科は英語。


「は~い、席について、タブレットを出してくださーい」


 生徒たちは各々自分の席に座り、勉強用のタブレットを取り出す。

 昔は紙でできた教科書を何冊も持ってきていたらしいぞ……。


「私はダルいので、今日は家でお仕事しま~す」


 彼女は自宅にいるはずであるにも関わらず、背景はニュース番組のスタジオのようである。

 これは高度な画像処理技術によって合成されたCGなのだ。

 もしかしたら、この先生の映像すらCGの可能性がある。

 自分のモーションをキャプチャーして、自分そっくりの3Dモデルを動かす。

 自分の身だしなみを整えるのが面倒な場合に使えるライフハックだ。

 ……あくまで、可能性だよ?


「え~、先生ずる~い」


「サボりじゃね?」


「ずるくもありませんし、サボりでもありません。正当な権利です。みんなはね、子供の時ぐらいをしておきなさい」


 先生はクラスメイト達から挙がる非難の声に涼しい顔で反論した。


「俺も家から出たくな~い」


「どうしても家から出たくなければ通信制の高校に通えばいいのです」


「親が許してくれないんです」


 インターネットを利用した通信制高校も少なくはないが、保守的な人にはウケが悪い。

 やはり、学校とは校舎に通うもの――彼らの親ではそう考える人が多い。

 この先生もどちらかといえばのようだ。


「それは私の関知するところではありません。それでは今日も画像認識による無慈悲な出席確認を……って、あなた誰ですか!?」


 先生はようやくヨシノの存在に気が付き、驚いた様子を見せた。

 そりゃあ、驚くだろう。

 知らない顔だし、制服着てないし、とんでもない美少女だし。

 そもそも椅子に座っていないし。


「彼女は僕のオートドールです。ちなみに名前はヨシノです」


 矢島は事もなげに言う。訊かれてもいないのに名前まで。

 こいつは基本的に自分のやることに疑問を持たない。陽キャ中の陽キャ中である。

 だから、開き直ることすらなく、学校にオートドールを堂々と連れてくるのだ。

 僕だったら、例え実身体を入手できても学校には連れてこないだろう。

 変に注意を集めたくないからね。


 僕みたいな陰キャが美少女オートドールなんて連れてきた日には、“モテなくて性欲を持て余した結果、機械人形に手を出した変態”という触れ込みで弄られまくるはずだ。

 絶対そうに違いない。

 矢島ですらちょっとは弄られているが、そういう“健全”なレベルではすまないだろう。


 オートドールを連れて歩くのが普通になれば別だけど、もうちょっと時間がかかるかな……。


「オ、オートドール? カメラ越しには人間にしか見えませんが……」


 それはそうだろう、愛玩用の最新モデルだ。

 最初のオートドールであるアミタですら人間にしか見えないのだから。


「はい、ですから不審者ではありません。どうぞお気になさらず……」


 矢島は自然にこの話題を終わらせようとする。

 こいつは一切“やましい”という気持ちを持っていないだろう。


「そ、そうはいきません!」


「まさか今どき『学業に関係のない物は~』とか言いませんよね?」


 昔は学校にゲーム機を持っていって没収された人が多かったとか。

 現在では全体的にゆるくなっている。


「しかし、さすがに気になります」


 米田先生は食い下がる。

 そう、物というにはあまりに人間に近い。


「しょうがないですね……。ヨシノ、一旦帰宅。15時に校門前に到着するんだ」


 矢島はヨシノに帰宅指示を出す。

 単に米田先生を説得するのが面倒だから折れたのだろう。


「わかりました、礼司様。何かありましたらメッセージをください」


 オートドールとは極論、手足の生えたコンピューターである。

 手に何も持たなくてもチャットができるのだ。


「危なくなったら躊躇なく警備会社に連絡するんだよ」


「承知しております。それでは失礼いたします」


 そう言ってヨシノは教室から出ていった。


     *


 本日の授業は全て終わり、なんのクラブ活動にも入っていない僕は速やかに学校を去る。

 校門前には確かにヨシノが立っていた。


 ああ――やはり、美しい……。

 まぁ、僕のイリスほどじゃないけどね。

 問題はその美しさを表現する実身体がないだけなのだ!

 ……この考えは虚しくなるからやめよう。


 視線に気が付いたのか、こっちを見たので思わず視線を逸らす。

 自分の実身体を手に入れたら穴が空くほどガン見してやるんだ!


 帰り道、買い物をするためにコンビニに寄った。

 店員はすでに生身の人間ではなくオートドールである。


 かなり人間に近く作られているが、先程見たヨシノに比べるといくらか不自然さは残る。

 人間に近ければ近いほど客が来る、というわけではないので、コストパフォーマンス的にこれが正しいのである。

 この割り切りが業務用ということだ。

 中にはさらに割り切って全く人間に似せていない安価なモデルを使用している店舗も少なくない。


 かつてコンビニは人手不足に悩まされ、様々な解決策を模索した。

 例えば、セルフレジというのもそのひとつだが、品物の配置など解決の難しい問題は残り続けた。

 結果的にほとんど人間と変わらない性能を持つオートドールが救世主となったわけである。


 かつては人手が足りずに、24時間営業をやめようという案があったらしいけど、オートドールの登場によってほとんどの店舗は今でも24時間営業中だ。


 今ではオーナーが本部に多額のオートドール使用料を払わせられているという新たな問題が発生している。

 それでも人間を雇っていたときよりマシというから皮肉なものだ。


 贔屓にしている菓子類をレジに運ぶと、店員はそれらを順番に“見て”袋に詰めていく。

 コンビニなどで使用されるオートドールは、会計時にバーコードリーダーを使用しない。

 自身の身体にその機能が備わっているからである。


 店員は金額を告げると、ディスプレイにその金額とQRコードが表示される。


「決済モード」


 僕がそう呟くと、視界の中に四角が現れる。

 それをQRに合わせる。


「決済承認」


 僕は袋を受け取ると、そのまま帰宅した。


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