第09話 オートドール専門店に行こう!(後編)
「やぁ、不良少年。いつの間に18歳以上になったのかな?」
突如、背後からかけられた声に驚き振り返る。
そこにいたのは店員の服装をした中年の男性――崎本篤さんだった。
この〈メリーさんの電気羊〉の店長である。
「あ、崎本さん。こんにちは」
「やぁ、晴人くん。いらっしゃい。イリスちゃんも一緒かい?」
崎本さんはスマートグラスをカチカチと叩くジェスチャーをしながら尋ねる。
「ええ、もちろん。こいつ用の身体ですからね」
もちろん、イリスは自宅のPCの中にいるのだけど、スマートグラスを通して光と音を拾え、さらに会話もできるならば、それは一緒にいるといえるだろう。
実身体を遠隔で操作するには遅延が心配だが、会話程度なら電話と同じなので問題ない。
「晴人くんは他にもジェネシスAIを育てていたと思うけど、やっぱりイリスちゃんなのかい?」
「こいつが最初ですから」
崎本さんの言う通り、僕は他にも自分の愛玩用AIを育ている。
イリス以上に癖の強いコたちを、ね……。
ただ、最初に育て始めたひとりとしてイリスへの愛着が一際強いのも事実だ。
最初に実身体を与えるのはイリスだとずっと以前から決めていた。
本当は何人かに身体を与えて、オートドールハーレムでも作れればいいのだけれど、もちろんそんな資金はない。
実現できてもあのイカれたメンバーではカオスが誕生しそうだけどね。
イリス以外のAIについてはまたいずれ紹介しよう。
「なるほど。ところで、なんかめぼしいコはいた……ああ、身体はあったかい?」
正直、この階層にあるものはだいたい全部欲しい。
だけど、そういうわけにいかないのは百も承知。
「どれも悪くはないですけど……最後の決定打にかけるといいますか……」
僕の言葉を聞きながら崎本さんは深く頷く。
「なるほどなるほど。やはり例の実身体を見るべきだね」
「そうですよ! それはどこにあるのですか?」
せっかく来たのだからいろいろと見て回っていたけど、あくまでも目的はあの機体だ。
「地下にちゃんとあるよ。晴人くんのために売り場には出していないんだ。じゃあ、付いてきて」
アメリカ人のように掌を上に向けて手招きのジェスチャーをすると、崎本さんは歩き出した。
まだ、売り場に出していない――ということは地下かな。
「イリス、崎本さんを加えた新たなトークルームを作成して」
「わかりました」
これで崎本さんにもイリスの声が聞こえるようになった。
そのまま従業員専用エレベーターの場所へたどり着く。
エレベータの中に入ると崎本さんは迷わずB1のボタンを押した。
「ところで、あの写真の実身体……中古品ですよね?」
扉が閉まって降下しはじめたところで、僕は崎本さんに尋ねる。
「ああ、そうだね」
「え~っと、ワタシ、どこの誰ともわからない人にペロペロされまくった身体を使うんですか~?」
イリスの言っていることはあながちありえないことではない。
ぶっちゃけ愛玩用オートドールとかどんな使われ方をしているかわからない。
いや、逆によくわかるのだ。
「何かひどい決めつけだけど、十分ありえるからなぁ」
「イリスちゃんの言っていることはわかるよ。でも、その分、晴人くんにたっぷりペロペロしてもらえばいいじゃないか。大丈夫、きっちり洗浄しておいたから」
「え?」
「なるほど!」
思わず素っ頓狂な声を出した僕と違って、イリスは普通に納得している。
「何納得しているんだよ! 崎本さんもなんてこと言うのですか!」
そうこう話している間にエレベーターが目的の階に到着し、扉が開く。
地下は客が入ることを想定していないため、ごちゃごちゃとしているのは否めない。
「愛玩用オートドールについてごまかしはいらない、そうだろ?」
崎本さんはそう言いながら、エレベーターを出た。
僕も後に続く。
「それはそうかもしれませんが……」
愛玩用オートドールがほしいと思う理由にそういう考えがないはずが、ない。
生みの親である
愛玩用オートドールを中古で購入する場合、大きく分けて2つの問題がある。
ひとつは今、話題上がっていた通り、過去他人が使用していたという事実。
もうひとつは、すでに容姿が決定されているということである。
実際は“整形手術”で無理やり変えることもできなくはないが、それはそれでお金がかかってしまう、中古品であることのメリットが小さくなってしまうのである。
だから、今回の様に好みの容姿のものに出会えたならそれは
「まぁ、冗談はさておき」
「どこまでが冗談なんだ……」
本当に崎本さんは底が見えない人だ。
まぁ、人の底が簡単に見えるのかと問われれば、それはそれで違うと思うけど……。
「新品がいいっていうのは気持ちとしてはわかるけど、中古品としてでしか世に出ないタイプもあるんだよね~」
崎本さんの言っていることはわかる。
「確か匠がカスタムしたものとか、あとは試作品とか……」
世の中にはごく少数だが、オートドールの改造が趣味という人がいて、独自に機能を追加したりするケースがある。
そういうものには特別に高い値段が付くことがある。
僕もいずれは挑戦してみたいものだ……。
そして、もうひとつ特別に価値があるとされるのが試作品である。
機能的に何か優れているということは少ないのだが、数が少ないということで希少価値があったりする。
「そうそう、そういうの! あとは製造終了モデルとかね」
「あー、そうですね」
新製品が必ずしも優れていたりはしない。
新モデルががっかり仕様だった場合、製造終了した過去モデルの価値が上昇する場合がある。
「そうだ! 例のアレ、まだ服を着せてなかったよ。謎の光でも入れておいてね!」
突然思い出しかのように変なことを言う。
「謎の光って……」
崎本さんは停止したオートドールの前で止まり、ニヤリと笑う。
「それで、これが問題のブツだよ。ロシア軍払い下げ、ジェネシスベースの実身体〈E―35〉の試作品だよ。ちょっと待って、すぐに動かすから」
そう言ってタブレットを操作すると、人形は動き出し、椅子から立ち上がった。
確かに世界中でAI兵器の研究は行わており、ジェネシスシステムも当然、利用されている。
しかし、さすがに秋葉原のオートドールショップでお目にかかるとは思わなかった。
「デモ子。ほら、この前教えた晴人くんだ」
崎本さんはオートドールにそう伝えた。
僕が来ることは予め教えてあったらしい。
そういえば、この店の展示品用AIは〈デモ子〉って名前だったな……。
安直だけど妙にしっくりとくるネーミングだ。
ちなみに〈デモ子〉を育成したのは僕である。
もちろん、僕自身に関する情報は消去している。
「こんにちは、真行寺晴人様。私はこのE―35のデモンストレーション用のAIです」
「……こっ、これは!」
流れるプラチナブロンドの髪。青く輝く鋭くも儚げな瞳。
肌は透き通るような白さを持ちながらまるで血の気が通っているかのようである。
予め写真を見ていたのだから、全てわかっていたことし、別に特別クオリティが高いわけでもない。
単にクオリティが高いものを求めるだけなら最新モデルを購入すればいい。
だけど、この実身体にはそういうものを超えた魅力を感じるのだ。
パッと見た限りでは、目立った傷はない。
それもそのはず、この店の修復技術は高く、修理屋としてもオートドール愛好家の間では名が通っているのだ。
「こんな最新兵器がどうして手に入ったのですか?」
崎本さんはかなり広いコネクションを持っている。
それでもさすがにこれは疑問だ。
「結論から言うと、失敗作だからだね」
「失敗作……ですか?」
何やら不穏なワードだ。
そんなものを売ったり買ったりして大丈夫なのか?
「あくまで兵器としてはよりベターな構成があった、というだけだよ。そもそも、オートドールの基本的な構造は世界共通だからあまり機密性がないんだ。もちろん、AIの方は機密性が高いから消されていたよ」
「なるほど」
「どうするんだい? 中古だし、中身がないからスペックの割にはお得だよ。特殊な製品だけど晴人くんなら安心して任せられるからね。表示価格より5%オフでいいよ」
「5%オフ!」
僕は値札をじっと見る。
当然だが、オートドールは価格が高いので5%でもかなりの割引額となる。
「もちろん、メーカーの代わりに店で1年保証付けるよ」
「おお」
オートドールは故障した場合の修理費も馬鹿にならないので、保証は重要である。
「いや~、はじめてこれ見たとき、絶対イリスちゃんに似合うって思ったね」
「そ、そうですか……」
「本当だよ、だからメールしたじゃないか。じゃあ、イリスちゃん、がんばって晴人くんを説得するんだよ~」
僕はスペック表と機体を交互に睨む。
「身長165センチメートル、まぁ、僕とだいたい同じだな」
「ハルトより1センチメートルも高いですね」
わざわざ僕と比較するとは、暗に僕の身長が低いと煽っているのか?
確かに、僕の年齢なら平均で170センチメートルぐらいあるらしいが……。
とりあえず、何か言い返してやる!
「服が使い回せていいよな!」
おまえにも素晴らしきオタクファッションを着こなしてもらおうか!
だけど、想像してみたら結構カワイイ気がしてきたぞ……?
「ちゃんとかわいいの買ってくださいよ! 童貞を虐殺できるくらいっ!」
「わーってる、わーってる……って、まだ買うとは決めてないからっ!」
いかんいかん、もっと焦らさないと……。
高いカネ出すんだ。しっかりありがたみを感じさせておかないとな。
ん? 焦らす……?
僕はもう購入を決意しているというのかッ?
「え~! この流れは買うしかないでしょう!」
「流れで決めてたまるかっ!」
「ハルトはある程度世間の波に乗ることを覚えたらどうですか?」
「世間にそんな波は来てない。あと、勝手に“世間”の波にすり替えるなよ……」
むしろそういう波なら来てほしいぐらいだ。
オートドールを購入している個人はまだ少ない。
「またそーやって口答えするぅ」
口答えって何だよ……僕がオーナーであることを忘れたのではあるまいな?
崎本さんはニコニコしながら見守っている。
「体重129.3キログラムって何これ……ドラえもん?」
オートドールは同程度の体格の人間よりも重いが、さすがにこれは重すぎである。
「そこが愛玩用との違いだね。軍の要求をなるべく飲もうとした結果、体重が膨れ上がったらしいんだ」
「軍の要求ってなんですか?」
「簡単にいうと頑丈さかな。とはいえ、さすがに重すぎたので最終バージョンではかなり軽量化されたらしいね。結局、普通の愛玩用にかなり近くなったらしいよ」
これが“失敗作”とはそういうことなのか……。
ただ、愛玩用としても頑丈なのに越したことはない。
「AI内蔵型ですか?」
「そうだね。逆に〈マリオネットシステム〉は非対応の〈完全自立式〉だ」
この〈マリオネットシステム〉というのは、簡単にいえば遠隔操作のことである。
これができれば、内部にAIを持っている必要もないから
ただし、通信トラブルで動かなくなったりする可能性もあるので、AI内蔵型の方が安定はしている。
もちろん、普段はマリオネットシステムを使い、非常時は内蔵AIを使うという〈複合式〉も存在する。
「軍用なのに愛玩用並の外見クオリティとは、この機体は一体どんな目的で作成されたんだろうな……」
「暗殺、諜報、護衛とかに向いていそうですね」
イリスはしれっと怖いことを言う。
「おそロシア……」
自然と定番のダジャレが出てしまった。
「ハルト、これにしましょう。ワタシにそっくりとか、これは運命ですよ!」
確かに“運命”という表現も大げさではないかもしれない……。
「それはそうかもしれないけど……。う~ん、はじめてでこういう特殊な機体ってのもなぁ……」
「じゃあ、他に何かいいのあるんですか?」
「う~ん、そういうわけでもないけど……」
むしろ、どれでもいいのが問題なのだ。
何せ、肝心な精神はすでにあるのだから。
極論、美しい見た目はどこのメーカーでも作れるのである。
そして、“軍事用”というのは一部のオタクを惹きつけるものがある。
世の中には趣味で装甲車を運転している人もいるぐらいだ。
「じゃあ、買ってくださいっ!」
「えー」
「買え♥」
「えー」
「買って♣買って♥買って♠買って◆買って★買って♪買って†買って~!」
ついにイリスは子供のように駄々をこねはじめた。
正直、カワイイ……。
これも僕のカスタムの成果である。
強引な“おねだり”は財産への攻撃になりかねないから、品の良いメーカーものなら自重する。
あくまで、“提案”というレベルに留めるのだ。
――いいだろう、今回はこれ決めよう。
技術は進歩し続ける。
新たな製品は開発され続ける。
いずれまた買う機会は来るのだから。
「……これ……買いますっ!」
僕は崎本さんに購入の意思を伝えた。
「やったあ!」
イリスが喜びの声を上げる。
「“商談成立”だね」
崎本さんはやはりアメリカ人のように右手を差し出してくる。
僕も右手を出して握り返す。
……握力が強くて痛い。
「この手のモデルは“一期一会”ですからね……」
「そして、これがAIによる人類支配のはじまりなのであった……」
崎本さんは何やら嬉しそうにナレーションをしていた。
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