女子大生の頃

つくし

ダイジョウブ

 今日はバイトが終わったら、侑也に会う予定だった。


 私は駅前の居酒屋でアルバイトをしている。駅前と言っても、私の住むアパートの最寄り駅ではなく、最寄り駅から電車に乗って三駅いったところにある、この街で1番栄えた駅の駅前である。私は大学の春休みの間中、ほとんどの時間をアルバイトに費やしていた。

 今日も侑也に会えるのを楽しみに懸命に働いた。酔って必要以上に絡んでくるお客さんにも笑顔で対応したし、日頃のストレスの発散としか言い様のない、先輩の理不尽な叱咤にも大人しく応じた。


 侑也に会うのは久しぶりだった。先週も先々週も会う約束をしていたのに、職場の先輩に飲みに誘われたとかなんとかで、結局会えなかった。

 社会人は大変だなって、単純にそう思っていた。

 もう一ヶ月と半月も、侑也に会っていない。


 タイムカードを切り、更衣室で着替えを済ませたところで、侑也に連絡を入れる。返事はすぐには来なかった。

 そんなにすぐ来るわけないか。そう思いながらお店の入っているビルを出て、駅までの道を歩く。

 もうすぐ4月だというのに、雪が降っている。店内を動き回り温まっていた身体に、ひんやりとした風が冷たい。


 駅のホームに着いてもなお、侑也からの返事はない。

 ホームが開放的になっているせいか、駅に向かう途中よりも、風が冷たく感じる。

 寒さに耐えながら、電車が到着するのを待つ。15分ほどで電車が到着し、私と同じくらいの学生や年配のサラリーマン、様々な乗客が降りていく。

 私は冷えた両手を握り締め、電車に乗る。車内は暖房が効いていて、十分すぎるほど暖かい。

 座席に着いてもなお、侑也からの返事はない。

 眠ってしまったのだろうか。もしくは事故に巻き込まれてしまったのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。


 金曜日の終電は、いつもより人が多い。人ごみに紛れていると、1人ぼっちになったような気もするし、同時に、仲間がたくさんいるような気もする。


 最寄り駅に到着し、電車を降りてもなお、侑也からの返事はない。

 やっぱり、疲れて眠ってしまったのかな、そんなに楽しみではなかったのかな、と少し悲しくなった。

 電話をするか迷ったが、躊躇した。今日は金曜日で、侑也は普通に朝から仕事をしていた。眠っているのだとしたら、仕事で疲れている侑也の安眠を邪魔したくはない。


 今日は2人でピザを食べながら、映画を観る予定だった。ピザは侑也が買ってきて、映画は私が借りてくる約束をしていた。

 私は侑也が好きそうな海外もののラブコメディを借り、明日の朝ご飯は何にしようか悩み、食材を買い揃え、レシピを確認していた。侑也に会うための準備は万全の状態だった。


 やっぱり、どうしても会いたい。そう思い、着信履歴の1番上の“侑也”の文字に触れる。

 つながらなかった。話し中だった。

 最初に連絡を入れてから、もう1時間以上もたっている。

 侑也はもう1時間以上も、他の誰かと通話しているというのだろうか。おそらく1時間どころではない。2時間3時間と、他の誰かと通話しているに違いない。

 いつもなら平日に会う約束をしているときには、仕事が終わるとすぐに連絡をくれていた。今日はそれがなかった。そういうことか、と納得した。


 アパートに着き、部屋の鍵を開け、誰に言うわけでもなく「ただいまー」と小さくつぶやき、部屋の中に入る。何をする気にもなれず、荷物を床に置き、そのままそこに座り込んだ。


 涙が出てきた。

 今日はわたしに会ってくれるはずじゃなかったの?わたしのバイトが終わるのを待っていてくれたはずじゃなかったの?久しぶりに会うのを楽しみにしてくれていたはずじゃなかったの?って、ぶつけようのない悲しみが溢れてきた。


 しばらくすると、侑也から連絡がきた。電話ではなく、LINEだった。

 「ごめんな、また今度にしない?今友達と電話してて、彼氏とけんかしたらしくて、死にたい死にたいって泣いてて、なかなか切れなくて。本当にごめんな」

 文末に申し訳なさそうな表情の顔文字がついていた。


 侑也と電話をしているのは女の子らしい。侑也は優しい。友達の話を親身になって聞いてあげるところではない。本当は切りたいけれど切れないというニュアンスで、私に心配させないように、私を傷つけないように、そうやって気をつかってくれるところが。


 私は涙を拭って、侑也に返信した。

 「そっか、大丈夫だよ。また今度にしよう。電話、邪魔しちゃってごめんね。またね」

 文末ににこにこ笑った穏やかな表情の顔文字をつけた。


 侑也はこうやってよく、女の子に頼られる。侑也は誰に対しても優しい。私はそんな優しい侑也が好き。そして侑也も、私を好きだと言ってくれている。だから、私は大丈夫。


 そう、私は大丈夫。

 大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ・・・

 ワタシハ、ダイジョウブ。


 本当は全然大丈夫じゃない。本当は今度じゃなくて今会いたい。本当は邪魔したなんて思ってない。本当は穏やかでなんていられない。

 だいたい「死にたい」とか言っているうちはまだ大丈夫でしょ。どうしようもない感情が、行き場のない悲しみが、涙が、溢れ出してくる。

 今日がものすごく楽しみだっただけなのに。


 「死にたい」とか言ってつなぎとめるのはずるい。

 約束していたのは私なのに。

 私だって、泣いているのに。

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女子大生の頃 つくし @akaa0kiir0

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