第21話 争乱の王都

 貴族街が燃えていた。


 そこここから笑声や嬌声が響き渡り、暴漢は乱痴気騒ぎに興じている。衛兵は懸命に対処に走り回るが手は足りず、貴族たちは戦いあるいは逃げ惑い、もしくは自宅で息を潜めている。


 機は熟した。


 貴族の屋敷群が立ち並ぶ区域にほど近く、それなのにどこか暗い雰囲気のある一帯にフェクトは立っていた。小汚い服装を纏って大胆に肌を露出し、柄巻きがぼろぼろの剣を担ぐ。


「……なあ、お前ら。この騒ぎをどう思うよ?」


 フェクトが呟いた途端、どこからともなく暴漢たちが現れた。瞬く間にその数は五十を超え、辺りは気味の悪い騒めきに満ちていく。


「どっかの馬鹿が、俺たちを蚊帳の外に置いて騒いでやがる。ったく、ふてえ奴もいたもんだぜ、なあ?」


 男たちが沸いた。恫喝じみた怒号が方々から上がり、至るところで武器が地面を叩き鳴らす。汗と酒の臭いは広がっていき、腹を空かせた野良犬までもが寄ってきた。


 フェクトは、無言で男たちを眺めた。


 殺人犯、強姦犯、強盗犯、放火犯、重罪人たちが軒を連ねている。上手く役人の手を逃れて生きていたこの男たちを待っているのは、例外なく死だ。今は混乱している貴族街も落ち着きを取り戻せば反撃に打って出、数日後には全員あの世行きだろう。死ぬのはそれだけではない。衛兵は勿論、貴族たちも大勢死ぬ。


 それがどうした。


 重罪人たちは死んで当然だ。衛兵も死は覚悟している。自分の身すら守れない貴族など、それだけで死罪に等しい。精々、自分の放蕩人生の為に死んでくれ。


 恫喝の一つがいつまでも沈黙しているフェクトに向いた。それを皮切りにフェクトへの罵詈雑言が増えていく。フェクトは緩やかな動きで剣を掲げた。


 途端、静寂に包まれた。


「なあ……最近、調子はどうだ」


「最高だぜ!」


 誰かが言った。それに続いて似たよう言葉が上がり始める。収拾がつかなくなる前に、フェクトは剣の腹で大仰に肩を叩いた。


「本当にそうか? 良く思い出してみろ。最近、満足に騒げたか」


 沈黙が訪れた。数人が思い至ったような顔をする。再び騒ぎ始める前に、フェクトは口を開いた。


「騒げてないよな。俺が騒げてないんだから当然だ。それなのに! どっかの馬鹿が目の前で大騒ぎしてやがる。……大人しく見てて良いのか?」


「良くねえよ!」


 数人が叫ぶ。再び、フェクトは剣の腹で肩を叩いた。


「だろう! で、だ。近くには何がある?」


「燃える貴族街だ!」


 先ほどよりも大人数の叫び。それからはもう、フェクトが誘導する必要もなかった。


「俺たちも貴族街に行こうぜ!」「向こうで騒いでる奴らに見せつけてやろうぜ!」「俺はこの前通り過ぎただけで唾吐かれたんだよ! ぶっ殺してやる!」


 得体の知れない誘いに乗り、後先考えずに己の命を危険に晒す。そんな人間を選りすぐり、扇動者も紛れ込ませたから当然だ。既に貴族街で暴動を起こしている者たちは、自分たちの突入と同時に撤退する手筈になっている。これで死ぬのは、死んでも問題ない人間だけになる。


 鋭く、フェクトの剣が空を切った。


「行くぞおぉぉ!」


 歓声、地鳴り、獣臭が貴族街に雪崩れ込んでいく。フェクトの姿もあっという間に飲まれていった。

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