第20話 あと一歩のところで
ランカは短く切った髪を撫で、頭の中で『神』の遺産に集中する。
『転移』と『地雷』の研究は大詰めの段階だ。しかし、これから先は実際に使ってみないと進展はない。『地雷』で自分が死ぬことはなくなったが、使用はあまりにも目立ち過ぎる。その点で『転移』は安全だが、どこに移動するか分からない危険は依然存在する。
これ以上は王都にいる方が不都合が多い。フェクトから指示は来ていないが、そろそろ王都を立つ時期だろう。
ランカは立ち上がり、廊下に出ようと自室の扉を開けた。
「ランカ、話がある」
バートマ。ランカの胸が冷たくなった。
「……用があります」
「大事な事だ」
バートマ・ウォースイが黒幕かもしれない。その事は肝に銘じて行動していた。可能な限り自室に籠り、いざとなれば脱出する準備も整えていた。
だが、面と向かったこの状況では逃げられない。
落ち着け。冷静になれ。まだバートマが動き出したとは言い切れない。下手に動揺を見せればそれこそ命取りだ。
「……私も大事な用です。要件を教えてください」
バートマは視線を外し、小さく吐息した。
「……ランカ、お前を遠縁の私が引き取って以来、養父としてお前の意思を最大限尊重して育ててきた」
引き取ったではなく、奪い取っただ。その結果、両親は失意の末に死んだ。
当時は恨んだ。でも、今はもう良い。『神』の遺産を隠し通し、世界を混沌から救う。それが自分の使命だ。個人の感情に流されるわけにはいかない。
「お前が神学者になりたいと言った時も、望むだけの資料を与えた。女が神学者になるという前例はなかったが、それも私の力で押し通した」
怒りを押し殺す。バートマの目的は何だ。
「……何が言いたいのですか」
バートマはほんの少しだけランカに視線を戻した。
「だからこそ、お前が『神』の調査をしたいといった時も望みを叶えた。マルガント殿への護衛依頼も引き受けた。そして、こちらからも詳しくは聞くまいと思っていた」
心臓が跳ねた。
逃げるか。今なら窓から脱出できる。いや、バートマの事だ。既に周囲に修道会の人間を配置して万全の体制を整えていると考えるべきた。
「……直ぐに結果が出るほど簡単ではありません。それは誰よりも分かっている筈です」
「勿論だ。しかし私は聞かねばならない。トロネット山消滅の日、お前たちが近辺で目撃されている。何故これほどの大事の近くにいながら報告を怠った」
バートマはまだ強硬な手段に出ようとはしていない。何故だ。『神』の遺産の情報を聞き出したいからに決まっている。強硬な手段に出れば、情報を聞き出す術は脅迫と拷問しかない。だが、搦め手を使えば他にも選択肢が生まれる。脅迫と拷問に頼るのはその後でも良い。バートマらしい小賢しい考えだ。
「……噂以上の事は知らなかったからです。それに忙しいようでしたから、わざわざ時間を割いてもらうのもどうかと思い」
おもむろに、バートマはランカを見据えた。
「つまり、近辺にいたのは認めるのだな。……私の部屋で詳しく話そう。ついてきなさい」
心臓が早鐘を打っている。落ち着け。自分には二人の護衛がついている。
この事は遠からず二人に伝わる筈だ。二人いれば一人ぐらいは助けに来るだろう。自分の役目は、それまで時間を稼ぐ事だ。
搦め手の時間をどれだけ伸ばせるかが勝負だ。何をされても『神』の遺産の事を答えるつもりないが、拷問にどれだけ耐えられるかは分からない。
「……お茶を。お茶を飲みながら話しましょう」
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