第18話 胸騒ぎ
フェクトの様子がおかしかった。
「父上、私の報告を忘れたのかい? 神学長と修道会は危険だよ」
着いてくるブライトを、ザントアは眼中にも入れなかった。
狂信者の捕縛を命じてからというもの、完全に掛かりきりになっている。以前のフェクトなら無理にでも時間を作って酒場に通い、享楽に浸っている筈だ。
フェクトが改心した。そうであるなら嬉しいが、その少し前には衛兵と揉め事を起こしている。それに、今更改心を期待するわけにはいかない。
王城内を進んでいく。フェクトが新たに馬鹿をしているなら発端は何だ。最近のフェクトの行動で一切が不明な点は一つしかない。
『神』の調査の旅だ。
ランカ・ウォースイが主導であるから旅の内容は聞いていないが、あの道中で何かあったのではないか。それがフェクトに影響を与えたのではないか。
無性に胸騒ぎがする。早急に確認しなければならない。
しばらく王城を歩き回り人に尋ね、ようやくバートマ・ウォースイを見つけた。
トロネット山消滅の件で忙しいのだろう。バートマの年の割に若々しい顔には疲れが見え、廊下を進みながらも隣を歩く壮健な若者に仕事の指示を出している。
「ウォースイ殿、少々よろしいか」
二人が振り返る。バートマは人当りの良い笑顔を見せ、若者は無表情に一歩退いた。
「これはこれは。護衛を引き受けてくださったご子息には感謝の言葉もありません。ここ最近は忙しく挨拶もできずにすみませんでした」
「いえ、トロネット山消滅の件で大変でしょう。それよりご令嬢と馬鹿息子の調査について、何か報告を受けていませんか」
バートマは一瞬若者に眼をやり、自分の懐に手を入れた。
「マルガント公、先に用を済ませてもよろしいですか。何、直ぐに終わります」
ザントアは頷く。バートマは礼を言って、懐から取り出した紙切れを若者に差し出した。
「細かい指示はこれに書いてある。なければお前の判断で動いて良い。責任は全て私がとる。ただし、大騒ぎは起こすな。今のこの状況に、それの事後処理まで加わっては溜まらん」
「了解しました」
若者は左手で紙切れを受け取った。その時、バートマの片眉が反応する。
「どうした、右腕に傷でも負ったか」
「かすり傷です。戦闘に支障はありません」
「なら良い。ぬかるなよ。確実に成功させよ」
若者は一礼し、ザントアにも頭を下げて去っていく。その足運びを見ながら、ザントアは熱い吐息を漏らした。
「修道会の人間ですか」
「流石はマルガント公、今の短い時間でもあれの実力を見抜きますか」
惚れ惚れする体裁きだった。
実力はフェクトと比べても見劣りしないだろう。右腕の傷は切り傷か。誰が負わせたのかは分からないが、その者も相当な腕前だ。想像するだけで己の若き日を思い出し、知らず知らずに肉体が猛ってくる。
「どう思う、ブライト」
「強いね。私と互角ぐらいかな。フェクトなら勝てるだろうけど、作戦を立てれば十分にひっくり返る差だ。あれだけの強者をどこで見つけてきたのですか、神学長」
バートマは意味深に笑った。
「秘密です。あれは私が偶然見つけた、とだけ言っておきましょう。さて、娘とご子息の件でしたね」
「少々お待ちを。父上」
ブライトが目配せしてくる。ザントアが頷くと、ブライトはバートマに一礼してあの若者を追っていった。
「あちらのご子息も忙しいようですね」
「……あれはあれで馬鹿息子です。話を中断して申し訳ない」
バートマは笑顔で首を振る。
「構いません。調査の件ですが、全て娘に任せていますので何も聞いていません。それに何かあれば、真面目な娘のことですから聞かずとも報告してくるでしょう。気になることでもおありですか」
一安心、とはいかなかった。むしろフェクトが何かを隠しているのではないか、その疑念がますます強くなる。
「馬鹿息子の様子に不審なものを感じまして。よもやご令嬢に粗相でもしてはいないかと心配になったのです」
バートマは白い歯を見せて笑った。
「巷に広がっている噂はさておき、マルガント公のご子息ですから何一つ心配していませんよ。ああ、ですがそうですね」
不意にバートマの笑みが消える。ザントアの不安も膨れ上がった。
「……馬鹿息子がやらかしましたか」
「いえ、トロネット山消滅に関係する事なのですが、同時期に娘とご子息の目撃情報がありましてね」
何故黙っていた。いや、フェクトが報告するわけがないか。
「勿論信ぴょう性には欠けますが、私の立場上放っては置けません。しかしマルガント公のご子息を私が詰問するのもなんですから」
トロネット山が消滅したと思われる日時と王都からトロネット山までの距離を考えると、フェクトが帰還した日時にはずれがある。しかしそれがフェクトの工作だとすれば、わざわざ工作せざるを得ない理由があるという事だ。
「聞き出しておきましょう」
バートマの口角がにやりと持ち上がった。
「ありがとうございます。もし、というのも憚られますが、もし何かあった際は直ぐにご一報を。私にも果たすべき職務がありますので」
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