第14話 幼馴染②

 貴族街の入り口が近づくと人通りは急に減り、ランカの足取りが早くなる。俺は路地から飛び出して、ランカの前に立ち塞がった。


「ランカ、久しぶり。僕の事が分かるか」


 ランカは飛び退り、素早く周囲に眼をやった。


「人違いです」


 当然の反応か。あの日から何年も経ち、俺は当時の面影をほとんど残していない。外見も雰囲気も話し方も、大きく変わっている。


「……僕は一目で分かった。だって幼馴染だ」


 ランカが警戒の眼差しで俺の顔を眺める。それから、短い吐息を漏らした。


「まさか……兄さん?」


 分かってくれた。俺は思わず笑っていた。


「そうだ、ランカ、僕だよ。大きくなったな」


 しかし、ランカの警戒が解かれる事はなかった。


「……何の用ですか」


「ランカ、僕は敵じゃない。味方だ。フェクトともあの追手とも違う」


 さらに、ランカが一歩下がった。


「何の事ですか」


「僕は味方だ! フェクトは元の生活に戻る為なら何だってする。ランカを殺すのも躊躇わない。あの追手も同じだ。今この状況で、ランカの味方は僕だけなんだよ」


 そこで、俺は声を潜めた。


「トロネット山が消えた瞬間も、この眼で見た」


 一瞬、ランカの視線が逸れた。


「私とは無関係です」


「僕に嘘は吐かなくて良い。ランカはあれを隠そうとしてるんだろ? 大丈夫、僕は誰にも言ってない。助けになりたいんだよ」


「……何が目的ですか」


「違う! ……いや」


 今更信用されないのは理解している。俺はランカに何かをして貰いたくて行動してるんじゃない。ランカを守り、救う為に行動している。


「僕は何があってもランカの味方だ。それを言いに来たんだ」


 ランカが自嘲じみた笑みを浮かべた。


「私に味方はいませんでした」


「そんなことない! 僕はランカの両親が死ぬ寸前、ランカを頼むと任された。それで王都に来たんだ。困った事があるなら何でも言ってくれ。僕がどんな事で叶えるから」


 これは懇願じゃない。所信表明だ。俺はもう約束を忘れない。命を掛けても守り通す。


「……両親が死んだのは何年も前の事です」


 何も言えなかった。


 どんな言葉を使おうとも、全てが言い訳になる。約束を忘れて遊び惚けていた時点で、俺がランカに信用されるわけがない。


 ふと、ランカが辺りを見回した。


「……少し話しましょう、兄さん。でもここでは不都合があります。奥に行きましょう」


 喜びそうになった自分を戒める。ランカに信用されたわけじゃない。


 俺たちは路地裏に入り、俺が表通り側に立った。これで女がいることは分かっても、ランカだとは気付かれないだろう。


「兄さんは何がしたいんですか」


「ランカの力になりたい。敵からランカを守りたいんだ。その為なら何でもする。殺しも盗みもする。命だって賭ける」


「……トロネット山の事は、誰かに言いましたか」


「言うわけない! あれをランカが隠そうとしてるのは直ぐに分かった。 あれは確かに危険だ。世の中は大混乱に陥る。優しいランカなら隠そうとするのも当然だ」


 ランカが微笑した。過去を蔑むような悲しい笑い方だった。


「兄さんが知っているランカは、農村の娘ランカです」


「僕にとっては、いつまでも農村の娘ランカだ。僕はランカを守る。その望みを叶える。信用はしなくても良い。僕が勝手にするだけだ。ランカに迷惑は掛けない」


 ランカが俺の眼を見つめてくる。冷たい瞳で、心の中を探るようにじっくり見つめてくる。


「……好きにしてください。追手を殺すなら殺してください。マルガント殿を殺すなら殺してください。ただし、私と私が隠す物を、危険に晒さないでください」


 言われるまでもない。それが俺の生きる目的だ。


「僕の全てに賭けて誓うよ」

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