第12話 謎の接触

男は右腕を撫でながら、前方を行くぼさぼさの長髪の女を追っていく。


 方々に潜む手駒に目配せし、自身は華々しい夜道を進んで女との距離を詰める。女はおじけづくように背中を丸めて騒々しい通行人を避けていき、怯えた視線を彷徨わせていた。


 二人の手駒が酔ったふりをして女に近づいてく。二言、三言、女があからさまに嫌がった態度をとる。そして、逃げ出した。


 女は手近な路地裏に飛び込む。男も急いで路地裏に進んだ。小道を塞ぐ手駒の笑い声が響き、女は奥へ奥へと逃げていく、間もなく、女に追いついた。


「黙ってついてきてもらおう」


 女が肩を震わせて振り返る。若い女。ランカ・ウォースイではない。


「その女は無関係だ。誰も待っていないとはいえ、家に帰してやれよ」


 男の背後から、フェクト・マルガントの声が起こった。男は服の下に隠した短剣に手を伸ばし、悠然と振り返る。


「よう、久しぶり。俺が負わせた傷の具合はどうだ?」


 フェクトの後ろには数人の屈強な男たちがいる。女は男の脇を走り抜け、一目散にフェクトへ駆け寄った。


「こんな目に合うなんて聞いてねえぞ! 報酬はしっかり払ってくれるんだろうな」


 その声はひどく酒焼けしていた。フェクトが鷹揚に頷いて金を握らせると、女は妄執的に金を数えて走り去った。


「警戒しなくて良いぞ。俺は戦いに来たんじゃねえ。ちょっとお喋りに来たんだよ」

 無言で男は短剣を引き抜いた。フェクトは陽気に口笛を吹く。


「そう殺気立つなって。それともお前は喋ったら死ぬ病気か?」


 男は応えない。


 フェクトは肩を竦めて背後の屈強な男たちに眼をくれた。すると男たちは落胆の息を吐き、袋小路から去っていく。残ったのは男とフェクト、それに巨魁だけだった。


「ブルパ、二人きりにしろ」


「殺すなら今ですよ」


「一人だけ殺したってしょうがねえ」


 ブルパと呼ばれた巨魁は眉をしかめ、不意に眼を丸くした。


「とっ捕まえて拷問ですか」


「それもしない。こいつにはランカがしっかり守られてるって情報を持って帰ってもらう」


「……俺は、呑みますぜ?」


 ブルパは歯を剥く。フェクトも歯を剥いて笑った。


「終わったらたらふく呑ませてやる」


「乗ったあ!」


 大笑いして、ブルパは大股で袋小路から消えていった。


「さ、これで二人きりだ。ランカを狙う理由は何だ」


 男は答えない。その眼は油断なく辺りを伺っている。


「だんまりか。喋れよ。さっきと同じように声を変えてな」


 男の表情がぴくりと動く。ややあって、男は口をうっすら開いた。


「……男が女を追う。説明が必要か」


 フェクトは声を上げて笑った。

「それこそ野暮な答えだな。ここまでお膳立てしたんだ。腹割れよ。そっちの持ってる情報次第じゃランカを売り渡しても良い。どうだ?」


「信じられないな」


「お前、他所の街の人間か? 俺の噂を聞いた事ないのか」


「マルガント家の面汚し」


 フェクトの眉尻が下がり、それから笑った。


「そこまでのは初耳だ。……王都の人間だって事は否定しないんだな」


「安っぽい駆け引きには乗らない」


 男の顔は表情筋がないように変化しない。フェクトは肩を竦めて首を振った。


「本当に情報を吐かないな。良し、分かった。お前らは遺産をどうしたいんだ」


「……お前の目的はもう果たした筈だ。私は帰る」


 フェクトは眼を見張り、大げさに両手を上げる。


「驚いた。良く俺の考えてることが分かったな。その通りだ、帰って良いぞ。目的はしっかり果たしたからな、二つも」


 フェクトは手ぶりをつけて道を開ける。男は、微動だにしなかった。


「ん? どうした。別に罠じゃないぞ。何なら背中を向けてようか」


「……下らないはったりだな」


「そうだよ、はったりだ。……信じるか?」


 フェクトは意味深にほくそ笑む。男はしばし黙り込み、小さく息を吐いた。


「いや、信じよう」


 男は歩を進めた。互いに視線すらも向けず、二人はすれ違う。瞬間、短剣を持つ男の手が動く。フェクトも懐に手を伸ばした。


 そして、止まった。


 男は手を下ろし、フェクトは懐から干し肉を出して齧った。


「いつでも門は開いてる。連絡待ってるぜ」

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