第8話 狂信者

ブライト・マルガントは執務室の開かれた扉を優しく叩いた。


「お仕事中失礼」


 一瞬だけ、ザントアは大量の書類から厳めしい顔を上げる。


「気付いている。良いから早く入ってこい」


「配慮だよ。フェクトに仕事を押し付ける程忙しいんだろう、父上」


「お前たち兄弟のせいでな」


 ブライトは男にしては長い後ろ髪を払った。


「心外だな。私よりもフェクトを可愛がっている兄弟はいないよ。まあ、甘やかした自覚はあるから否定はしないけど」


「甘やかしただと!」


 ザントアが執務机を殴った。


「お前たちは才人から活躍の場を奪ったのだ! もはや虐待だぞ、分かっているのか!」


「……分かってるよ。フェクトがああなったのは、私たち兄弟がフェクトに何もさせなかったのが原因だ。反省してる」


 何か問題が起きると、フェクトは直ぐに動かなかった。怠慢ではない。自分の力量を把握した上で、限界まで状況を見極めようとしていたのだ。しかし自分を始めとした兄たちが、フェクトが動く前に問題を解決した。


 あの時のフェクトの何か言いたげな眼は、今でも明瞭に思い出せる。


 ブライトを睨み、ややあってザントアは吐息した。


「……それで、狂信者の件はどうなった?」


「一言で言えば、胸糞が悪い」


「感想は聞いていない。連続殺人鬼、狂信者の調査報告を簡潔に行え」


「分からない、というのが結論だよ。いつ頃から王都で暗躍するようになったかも不明。父上も狂信者の存在自体最近まで知らなかったのでは?」


 判明しているだけでも、狂信者に殺された被害者は百人を超えている。被害者は全て貧民街の住人とは言え、捜査がまともに行われていた形跡はない。その為狂信者の存在を認識している貴族はほとんどおらず、普段はマルガント領で暮らしているブライト自身、ザントアに言われるまで知らなかった。


「いや、存在そのものは知っていた」


 意外で、ザントアにしては歯切れの悪い返答だった。


「なら何故今になって、マルガント領から私を呼び寄せてまで調査を命じたので?」


「仕事を任せるようになって暇ができてな、その時間で過去の報告書に眼を通していて気付いた。……まさか、ここまでの脅威とは思ってもみなかった」


 関係者の怠慢、と一言では片づけられない、それほどまでに、狂信者は異様だ。


「正直、捜査は難しいよ。犯行現場の場所が場所だから、貴族の私では目立ち過ぎる。何より貧民街には伝手がない。貴族や役所に地道に当たり時間を掛けて調べていって、どれだけ進展があるか。何しろ初期と思われる犯行だと捜査が行われていないのは勿論、関係者の記憶も怪しくなっている」


 ザントアは執務机を指で何度も叩き、最後に一際強く音を立てた。


「やれ。なんとしてでも王都の害虫を駆除しろ」

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