第4話 偽りの協力

「……やった。本当にあったんだ!」


 ランカが飛び上がって叫んだ。右手で木簡を優しく包み、左手は力強く拳を作って喜んでいる。フェクトは今になって、この旅の目的を思い出した。


 消えた『神』の調査。


 絶対の統治者として君臨していた『神』は突如として姿を消し、世の中は混沌に叩き落された。それからは各地で権力者の座を奪い合う血で血を争う暗黒時代が到来し、ようやく落ち着いた数百年後の今でも色濃い爪跡が刻まれたままだ。その為『神』に関する情報は少なく、ほとんどはおとぎ話の体で僅かに残っているのみになっている。その中に、今の状況と合致しそうなものがあった。


 『神』は悩み人の前に忽然と現れ、一瞬で解決して煙のように立ち去った。


 面倒な事になったな。


 これを軍事転用すればどうなる。敵の裏側に一瞬で軍を移動できれば、戦は根底からひっくり返る。そもそも戦にすらならないかもしれない。一日で一国を滅ぼし、一年で世界を征服する、単純だが圧倒的な力だ。


 違う。そんな事はどうでも良い。


 ランカはどこまで知っている。あの追手は偶然現れた夜盗なのか。それとも、真実を知る謎の集団なのか。とにかくランカを問い詰めるのが最優先だ。


「率直に聞く。どこまで話せる?」


 ふっとランカが我に返った。強張った面持ちながら、さりげなく例の木簡を後ろ手に隠す。


「……誤魔化すのは不可能ですから正直に答えます。現時点でマルガント殿に全てを伝える事はできません」


「俺の質問は、どこまで話せる、だ」


 ランカは息を呑み、黙り込んだ。


 考えている。当然の反応だ。ランカはある程度今の状況を予測していた。まさしく瞬間移動とも言える力は未知数だが、秘められた可能性は無限大だ。会って数日の人間に話せるわけがない。しかし、それで良いのはランカだけだ。


「分かった。ならもっと前の話から始めよう。俺を護衛に指名したのは何故だ。自分で言うのもなんだけど、どう考えても適役とは思えない」


 ランカはしばし視線を落とし、決意した表情で顔を上げる。


「マルガント殿も既に察していると思いますが、地下牢からこの場所に移動したのは、消えた『神』が残した遺産ともいうべき力です。この力は使い方を誤れば大変危険で、護衛が務まるほどの実力があるのは当然の事ですが、直ぐに王族の方々に報告してしまう忠臣では困ります。そして、誰かに情報を売り渡すような方でも問題があります」


 筋は通っている。が、問題児のフェクト・マルガントに頼んだ時点で根本を間違えている。


「忠臣だと困るか、問題発言だな」


「お父上に報告されますか」


 フェクトは右の口角だけを上げ、あくどい笑みを浮かべた。


「俺はごろつきだぜ? ついでに言えば護衛が務まる実力があって、大貴族マルガント家の生まれだから金には困ってない」


「ですから護衛を頼みました」


 信頼されているわけではない。しかし、ランカには頼る者がいない。だから問題児の自分を求めた。それだけ必死ということか。


「要は、『神』の遺産を隠したい。そういうことか?」


「そうです」


「いつまで」


「永遠に」


 意見が合うとは思ってもみなかった。と言っても、目的は大きく違う。


「マルガント殿に迷惑は掛けません」


「掛けられっぱなしだ」


「……『神』の遺産が公になれば、それを知るマルガント殿は今以上に厄介な立場に置かれます。ですが公にさえならなければ、迷惑はそれで終わります」


 とんだ厄介事を押し付けやがって。今すぐにでもランカを殺してやりたい気分だ。


 だが、できない。直情的にランカを殺せば確実にザントアに悟られる。そして、ランカを殺しただけでは問題は解決しない。


「残念ながら終わらない。『神』の遺産を知る追手がいる」


 ランカの眉間に皺が寄った。


「……追手?」


「熱中して気づかなかったろ。あと少しで殺されるところだったぞ。その前にここに飛ばされてお互い助かったけどな。今も監視されてる可能性はある」


 ランカが慌てて周囲を見渡す。しかし追手の姿が見えるわけもなく、警戒に髪を引かれながらフェクトに視線を戻した。


「……追手の正体は断定できませんが、神学者が利用する資料室に入ることのできる方か、全く無関係の誰かだと思います」


「後者は考えるだけ時間の無駄だな。その資料室には神学者しか入れないのか」


「いえ、特に警備がいるわけではないので、王城に立ち入る事のできる方なら入ろうと思えば入れるでしょう」


「つまり、分からない」


 ランカが項垂れるように俯いた。


「すみません」


「謝るなよ。俺たちは一蓮托生なんだろ? むしろそっちの方を謝ってほしいな。ああ、本当に謝るなよ、冗談だから。一応確認するけど、親父たちはこの事は知らないんだよな?」


 ランカは決然と顔を上げた。


「当然です」


 素晴らしい。状況はそう悪くない。


「最後の質問だ。『神』の遺産の存在に気付いたのは、その資料室で何かを見たからだろ? それは今どこにある」


「大変貴重なものですが、その潜在的な危険性から焼却処分しました。今は私の頭の中にしかありません」


 フェクトは心底から笑った。


「そりゃ正解だな。奴らが俺たちの先に行かなかったって事は、握ってる情報が不十分って事だ。こりゃあ良い。奴らはまた追ってくる。返り討ちにする絶好機だ。でだ、それにはランカ、お前の協力が必要だ。勿論、協力してくれるよな?」


 ランカは力強い瞳でフェクトを見つめた。


「何をすれば良いんですか」


「囮だよ。さっき隠した木簡は『神』の遺産に関係するものだろ?」


 ランカの躰が硬直した。


「……気付いていたんですか」


「喜べよ。お前が信じた俺の眼は節穴じゃなかった。さ、話を続けよう。お前が木簡を見せつけながら歩けば奴らは勝手に現れる。そうしたら俺の出番だ。お前が隠れている間に追手を倒す。大丈夫、俺は強い」


 ややあって、ランカは深く頷く。


「私の護衛はマルガント殿です。ですが、行先は私に決めさせてください」


「いつ襲うかは追手次第だけど、どうぞ」


「トロネット山です。あそこの深い森なら私もマルガント殿も有利に動ける筈です。そして何より、あそこには第二の『神』の遺産があります」


 上等。一匹いれば二匹三匹といるのは羽虫と同じだ。


 『神』の遺産。そんな厄介でしかないものは、自分の平穏で放蕩続きの人生に必要ない。永遠に地下に埋もれて腐ってしまえ。


 そして、ランカと追手と共に仲良く眠れ。

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