第30話 敵じゃなかった!!
気がつくとベッドの上。
あたしは頭の痛みで目を覚ました。
「う、イタタタ……」
痛む頭——右耳の上の方に手をやると、大きなたんこぶが出来ている。
「痛いだろう、あれだけ派手に床に頭をぶつけて……こんなに大きなたんこぶができてればね」
ベッドの傍でそう言うのは、支配人だった。
絞った布巾であたしのたんこぶを冷やしてくれている。
護衛隊長はもういなくなっていた。
「——支配人、いったいあなたは——」
部屋の隅からシルヴァの声がする。
「ナギ、支配人と話したよ。彼については安心していい」
「シルヴァ……」
安心していいって、どういう——。
ていうか、あたしの名前、『聖女』の本名、支配人の前で言っちゃってるじゃないの!
「シルヴァ、ちょっと待ってよ……」
大声を出しそうになるあたしを手で制して。
「しっ。気をつけて」
と。窓の外に人影があった。
「あの警備隊長、君と酒場に見張りの兵を一人ずつ残して、別の地方へ行ったんだ。監禁されてるわけじゃないけど……」
——軟禁状態。
まさに、そういう状況だ。
「あたし——気絶したの? どうして?」
「……ナギ。さっき、とんでもないこと考えたでしょ」
シルヴァがあたしをジト目で見る。
「あの護衛隊長を、火搔き棒で殴り倒そうとしているように見えたけど」
うっ。……その通りだ。
「そんなことしたら、ただじゃ済まないからね。逃げらるものも逃げられなくなっちゃうよ、わかってる? ナギ」
でも……どうしたらいいか、とっさにわからなかったんだもの。
「だから、僕が君を気絶させたんだよ。とっさにあの場を収めるには、それしかなくてね」
「気絶って……? どうやって?」
「ふふふ。僕が誰か、忘れたのかい。精神にちょっと働きかけて気絶させるなんて、本来なら簡単なんだ
……まあ今はいろいろあって、ちょっと苦労したけどね」
……。
「まったく、いろいろ質問されてて、どう返事するつもりかと焦ったよ。
下手なこと言えば言うほど疑われるだろうし。——結果的には君が気絶して、まあまあ収まったんじゃないかな」
……そうだった。——精霊……
ゴブリン子ちゃんが、下手したら祟られますよ、みたいなことも言ってたけど。
精神に働きかけて気絶させるなんて……本当、人間業じゃない。
「……で、シルヴァ。支配人と、いったい何を話したの」
シルヴァは支配人と、ちらっと目線を交わす。
「シルヴァくん。——これは、私から話したほうがいいだろう」
支配人はシルヴァにそう言うと、私に向き直る。
「君——ナギさんだったね。昔、私は探偵まがいの仕事をしていた。これは、もう言ったね」
「ええ」
「その時、王から請け負う仕事も結構あったんだ。王室に仇なす大臣といった政治家の不正を暴いたり、犯罪者の行方を追ったり」
犯罪者の行方を追う。
鼻が利く、ってあたしに言ったのは、そういう経験から来ているのかもしれない。
「ところがある時、とある政治家の利便を図り——不正をしたのではないかと王に疑いをかけられてね。
いくら説明しても無駄で、しばらく牢に放り込まれたんだよ。あれは、ひどい経験だった……」
眉をひそめて。
「で——その牢で、モンスターと知り合いになったんだよ。一体のゴブリンと」
「ゴブリンですって!?」
あたしはハッとして、周りを見渡す。
ゴブリン子ちゃんを探して。
——彼女は、シルヴァの陰に隠れるように立っていた。一応、まだ姿は隠しているのかしら?
「そう。ゴブリンだ。
そのゴブリンは、隣の牢に監禁されていたんだ——王室向けの薬の材料にする、涙を搾り取りられるために」
「!!」
「ゴブリンの涙は万能薬と言われているのは、君も知っているだろう。詳しい話は省くが——
とにかく、かなりひどい目にあわされていたゴブリンが本当に哀れでね。
私は、彼が逃げるのを手助けしたんだよ。
その後、そのゴブリンはお礼にと私が牢から出られるよう、いろいろ動いてくれたんだ。
それでその政治家の悪事は暴かれて、私はそこにまったく関係していないことが証明された。
長い牢獄生活だったよ……」
心底疲れた声で言う。
よっぽどひどい経験だったのだろう……。
「——で、私は探偵稼業——特に王のために働くのにほとほと嫌気がさしてしまって、ここに酒場を開いたんだ。
それ以来、そのゴブリンとは友達になってね。時々、遊びにくるよ」
「そうなんですか——」
「ああ。時にはゴブリンの薬を分けてくれたり、いろいろ世話になってるんだ」
ここでシルヴァが口を開く。
「僕もペタル——いや、ゴブリン子ちゃんの薬の匂いで怪しいと踏んだんだけど、支配人さんもそうだったらしいよ」
「ああ。私も気づいたよ。あれが魔法陣の薬だとは知らなかったけどね。
あの護衛隊長も言っていた通り、苦いような独特な香りでピンときたんだ。
知ってるかい? ゴブリンの涙を使った薬に、かすかに香るあの苦さ。
まだ青い紫ヨモギの根や、蒲公英の茎の汁を混ぜ合わせたような苦い香り——
あれは、ゴブリンの苦しみそのものが香っているんだって、友人のゴブリンが言っていたよ」
「そうなんですか……」
なんだかゴブリン子ちゃんに、とっても申し訳がない……。
「……とにかく私はそれ以来、本当の犯罪者でない限り、国から追われる者の味方なのさ」
支配人は最後に、にっこり笑ってこう言ったのだった。
リコリス酒場のねえちゃんは、素顔を隠したモンスター!? 志野実 @rougegorge
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