第29話 護衛隊長も、いろいろと侮れない!

 宿泊所の扉をそっと開けて、確認する。


 よし、誰もいないみたい。


 混み合う昼食時で、この時間帯は全員が働いているからだ。


 シルヴァとゴブリン子ちゃんも、そっとついてくる。


 ——そういえば、後でシルヴァにもゆっくり、お礼を言っておかなきゃ。


 あの夜、助けてくれてありがとうって。


 それにあたしのせいで、厄介なことになったんだから、謝らなきゃ——。


 扉の前で、いつもの合図の軽い咳払いをする。


 鍵を開けようとすると——


 ——あれ?


 鍵が、開いてる?


 あたしはシルヴァとゴブリン子ちゃんを目で制し、囁く。


「ここで待ってて」


 慌てて中に入る。すると。


「————!!!」


 そこには、支配人と——あの、金の肩章をつけた護衛隊長がいた!


 しかも、窓の外には数人の人影も見える。


 護衛兵達に違いない。


 やっぱり、この支配人——!!


 護衛隊に知らせたんだわ。


 それにしては、やけにやってくるのが早い気もするけど……


 ヒナは、いつもの部屋の片隅に、真っ青な顔をしてうずくまり、あたしを見つめている。


 魔法陣は効いてるの?


 ヒナ、見つかったの?



「しっ、支配人、これは——」


 真っ青になるあたしに、支配人が眉を上げて見せて、言う。


「この方が——もう一度確認したいとおっしゃってね。君の昨日の態度が、どうも引っかかるからと——」


 護衛隊長が言葉を続ける。


「ああ。君の態度——青くなったりガタガタ震えたり。おかしいじゃないか。


 それにこの部屋の香りだよ。あとで考えたら——


 ——あの夜、聖女様が逃げた夜、森じゅうで薫っていた不思議な花のような匂いと、同じ気がするんでね」



 どうやら、ヒナは見つかっていないみたいだ。


 だけど——


 だけど、この状況は、すっごくまずい。


 まずいどころの騒ぎじゃない。


「支配人。この時間帯は、宿泊所は無人のはずじゃなかったかね」


「ええ——でもこの娘、昨日から具合が悪いみたいなんで。今日は少し休むよう言ったんです」


 え?


 ちょっと支配人、結局あなたはどっちの味方なのよ?


「ふむ。確かに顔色が悪いな」


 青ざめたあたしを見て頷く。


「君——この部屋の香りは、一体なんなんだね?


 私はこれでも、職業柄知っていることはたくさんあってね。


 これは、ゴブリンの涙を混ぜた薬の、独特の香りだ」


「ゴブリンの涙——」


「ああ。ゴブリンの涙を混ぜた薬は、こんな香りがするんだ——わかるかね、この花の香りについてくる——苦いような、尖った香り」


 まずい。本当にまずい。


 何か、何か言わなきゃ。


「これは——昔、行商人から買ったものなんです。気に入ったので、部屋の芳香剤に時々使ってます」


「芳香剤ねぇ……それ、ちょっと見せて」


 見せてって! ちょっと!


 そんなもの持ってないわよ!


 と。


 ふくらはぎに何か小さい、固いものが当たり、床にポトリと落ちる。。


 見ると、木の実だった。


 ゴブリン子ちゃんが、薬を入れておく木の実。


 ——あの二人には、部屋の外で待っているよう言ったけど。


 きっとこの状況を察したゴブリン子ちゃんが、薬入りの木の実を投げてくれたんだわ。


「あ、これです。これ。こんなとこに落として——ポケットに穴が空いてるのかしら?」


 口から出まかせを言って護衛隊長にその木の実を渡す。


「……木の実の入れ物か。変わってるね——おや、中はカラッポじゃないか」


 木の実のカサを取ってみた護衛隊長が、不満気に言う。


「そ、そうなんです……ちょうど使い終わってしまって……」


 護衛隊長は不審そうに木の実を調べ、匂いを嗅ぐ。


「他にないのかね。予備は」


「ないんです……買ったのも、だいぶ前のことだし……」


 護衛隊長は木の実を握りしめた。


「わかった。とりあえず、これは没収させてもらうよ」 


 そして、あたしをじっと見つめる。


「君、昨日私たちの話を盗み聞きしていたろう。


 ——何か、知っているのじゃないかね。聖女と、その同行者について」


「えっ!? ……あ、あたしがですか? ……まさか」


「君、新入りだということだが。


 その前——一ヶ月前はどこにいたんだね。


 この酒場に来る前。君の出身はどこなんだ」


 ——完全に、疑われている。


 下手なことを言えば、この場でバレて、すぐに捕まってしまう。


 でも、まさか白銀山の麓村から来たなんて、口が裂けても言えない……


 どうしよう。


 どうすればいい?


 殴って気絶でもさせて、その隙に逃げる!?


 あたしはとっさに周囲を見回す。


 あ、あの火搔き棒——


 と。


「あ、君!!」 


 そう支配人が叫ぶ声が聞こえたかと思うと。


 突然の眩暈と視界の暗転、一瞬ののち——。


 あたしは頭を、したたかに打ち——気絶したのだった……。

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