第28話 精霊がなかまになった!

 白銀山を、統べる者——。


 そう言った青年は、あたしの反応を待つかのように無言であたしを見つめる。


 でも、あたしは——青年の言うことにすっかり毒気を抜かれてしまったあたしは、何も言うことができない。


 だって……どうしたらいいのよ。


 この人がゴブリン子ちゃんのご主人様かもと疑った時は、我ながらなんて突拍子もない! と反省したのに。


 もっと素っ頓狂で、突拍子もない話じゃないよ——!!



 とりあえず、——期待に応えて、なんでもいいから言葉を絞り出してみる。


「……シルヴァさん……ですか。

 白銀山を統べる……ってことは、白銀山にあなたの国があるとか、そういうことなんですか」


 一瞬の沈黙のあと。


「……ナギ様……。」


 あたしの返事がよっぽど間抜けなものだというように、ゴブリン子ちゃんは目を瞑ってため息をつく。


「ナギ様。この方は、白銀山の自然や命、平和を守る精霊なのです……ある意味、山の化身というか……。

 この方自身が、山そのもの、という存在なんです」


 やまぁ?


 山の化身???


 霊峰とも謳われる、あの巨大な山の???


 この、普通の人間にしか見えない青年が?



 もう、ぶっ飛びすぎて、返事する気力もないわ。


 ——というか、この二人、大丈夫なのかしら。


 ちょっと、思考回路が迷宮化なさってるのでは……ははははは……


「へええ……」


 あたしの気の抜けた返事に、ゴブリン子ちゃんがイライラしたように言いつのる。


「へええ、じゃないですわ。ナギ様、ワタクシの申し上げたこと、ぜんっぜん信じてないでしょう!

 シルヴァ様は、人間やモンスターとは次元の違う存在なんですよ?

 護ったり、祟ったり、下手に扱うと恐いんですからねーー!!」


「おいおい、まさか祟ったりはしないよ、いくら何でも」


 青年——シルヴァが苦笑する。


 ていうか、山がなんで遠くに出歩いたりしてるのよ。


 山の——精霊?


 自分の山を放ったらかして、ほっつき歩いちゃっていいわけ?



 なんだか意味不明な話に、すっかり頭が真っ白になっていたけど。


「あ、そうだ!」


 あたしは急に思い出して叫んでしまう。


「そんなことより、すぐ逃げなきゃ!

 ……あの支配人、あたしの正体にほぼ気がついているみたいなのよ。

 今にも追手に連絡を取っているかもしれない。だから、逃げなきゃならないの!」


「そんなことよりって……」


 ゴブリン子ちゃんは明らかに不満げな顔をする。


 そうよね。


 彼女にとっては、第一の目的はこの人を探すことだったんだ。


 あたし達が逃げる話は、二の次よね。


 でも、あたし達にとっては、しっかり逃げのびるのが第一なんだから!



「ゴブリン子ちゃん、あたし達が逃げられるよう、手伝って。お願い!」


 ゴブリン子ちゃんは肩を落とす。


「そうでした——


 ……あたしの名前は『ゴブリン子ちゃん』。


 ナギ様にお願いされたら、断ることはできないのです……」


 はらはらと、惜しげもなく貴重な涙を流す。


「ご主人様」


 青年に——シルヴァに向かって何か言おうとするゴブリン子ちゃんを、彼は手で制する。


「ペタル……今はゴブリン子ちゃん、というのか。


 なかなか陽気な、いい名前じゃないか——僕をご主人様と呼ぶ気遣いは、もういらないよ。


 ナギが、お前の主人なのだから」


 ゴブリン子ちゃんは、本当に辛そうに泣く。


「シルヴァさん……」


「ああ、シルヴァと呼び捨ててくれていいよ、ナギ。君のことは生まれた時から知ってるし。家族みたいなものだよ」


 いや、あたしは知らなかったんですけど。


「……シルヴァ、ゴブリン子ちゃん……本当に悪かったわ、あたしがうっかり名前をつけてしまったせいで……。


 あなたを自由にしてあげたいところだけど、これから逃げるのにどうしても手助けが必要なの。


 上手く逃げおおせたら、シルヴァのところに戻ってもらうって、約束するから」


 ゴブリン子ちゃんは恨めしげにあたしを見た。 


「他のゴブリンに、ゴブリン子ちゃんって名前を付けてですか? ……都合よく他の誰か、ご存知なんですか」


「……そういうことになるんだったわね。あたし、死ぬつもりもないし……その時は誰か紹介してよ」


 そう。他のゴブリンに同じ名前をつけるか、または名付けた主人が死んでも、『名付けの宿命』は消えると言っていたけど。


 ……あれ?


 そういえば、シルヴァは生きてる——ってことは、他のゴブリンに名前をつけたってこと?


 その割に、誰か連れているような気配もないけれど。


「まあ——とにかく、いますぐヒナを連れて逃げなきゃならないの」


 シルヴァはうなずいた。


「そういうことなら、僕もお伴するよ。

 ……まだ色々話したいことや、伝えておかなければならないことがたくさんあるからね。道中、ゆっくり話そうか」


 道中ゆっくり、だなんて呑気な言い方が歯がゆいんだけど。


 でも——そうだ。


 あたしも、聞きたいことがいろいろある。


 なんであたしを探していたのか。


 それに、あたし達の見た目が入れ替わったということも。


 精霊と姿が入れ替わるって、あり得るの——?


 でもこの人、ゴブリン子ちゃんに、『問題を解決しに行く』とかいう書置きを残した、って言ってたっけ。


 何か、知っているのかもしれない。


 元のあたしの姿に戻る方法を——。


 それになぜ、どうやってゴブリン子ちゃんの名付けの宿命を解いたのか。


 何か『名付けの宿命』を解く、別の方法があるのかもしれない。


 まあ、今さらどうでもいいっちゃいいんだけど、あれだけゴブリン子ちゃんを驚かせた硬貨についても、興味はある。


 それにシルヴァが一緒なら、ゴブリン子ちゃんも安心するだろうし。


 色々と、その方がいいかもしれない……。


「わかったわ。こうなったら、毒を食らわば皿まで、よ。すぐに、逃げましょう」


 こうしてあたしは二人を従えて、ヒナの待つ部屋に向かった。

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