第18話 とうとう手配書が出てしまった。

 あたしが混乱した頭を整理しようとしていると、支配人と護衛隊長が戻ってきた。


「何も、怪しいものは見つからなかったな」


「ええ、私も不審な者の出入りには常日頃気をつけておりますから——こういう商売をしていると、必要不可欠なことですので」


「そうか。今後も、気をつけるように。そして何か怪しい者、気になる点があったらすぐに知らせてくれ——さっき渡した聖女様と同行者の人相書きは、目立つところに貼っておくのを忘れずにな。酒場の中にも、外にも」


「はい、かしこまりました」


 二人の会話を盗み聞いていたあたしは、ホッと胸をなでおろした。



 よかった、あの二人、見つからなかったんだわ。



 護衛隊長は、兵を引き連れて出て行った。


 酒場中の客が一斉にため息をつき、すぐに今までの反動でか、いつにも増して大声で話し始めた。


 話題は護衛兵の探す、聖女とモンスター。


 いつもの自慢話、冒険譚などは聞こえてこない。


「あれだけの人数で探し回ってるってことは、やっぱりこのあたりにいるんじゃないか」


「でも、見つけられなかったんだろ」


「時間の問題なんだろうな」


「きっと、報奨金も出るだろう」


「……聖女様とはいえ、逃げるとは王を裏切ることだろう。捕まっても、ただじゃ済まないだろうな」


「でも、聖女を攫ったのはモンスターじゃなかったのか? 同行者の人相書きって言ってたが、どういうことだ」


「だよな。モンスターなんて、種族ごとにみんな同じだし。似顔絵なんか書かれても見分けがつかんよ」



 その時、支配人が人相書きの紙を勘定台の前に貼り始めた。


 皆一斉に群がる。


 あたしはカウンターの裏側に置かれた予備の人相書きをこっそり眺めた。



『ナギ・ベネデッタ』とフルネームが書かれた下に、あたしによく似た似顔絵。もちろん、ゴブリン顔になる前の顔だから、とりあえず気づかれないだろう。背格好なども記されている。


 そして、『ヒナ・トゥルモンド』と、ヒナのフルネームに人相書き。これはヒナそっくりに書かれている。——背格好の他に、『青い翼あり』と注意書きつきで。


 家族や村のみんなに確認しながら、誰かが書いたのだろう。本当によく似ている。


 人相が変わってしまったあたしは問題なくても、ヒナの方は本当に見つかったら大変だ。


 しかもそれぞれの人相書きの下に、かなりの金額の報奨金が記してあった。



「おお、結構いい金になるんだな」


「この男が同行者か?」


「青い翼があるってことは、やっぱりモンスターか」


「珍しい、半人半異ってヤツだな。人間と同じような名前まであるし」


「じゃあその翼で飛んで逃げたんじゃないか? それなら、もう遠くに逃げててもおかしくないだろう」


「こっちが聖女様か。通常はご尊顔も拝めないような方なのに、犯罪者扱いで国中に似顔絵を貼られちゃって……もう聖女にはなれないな」


「そうだな。フルネーム呼び捨てで、聖女さま、とかいう肩書きもついてないからな……なんだか可哀想だな」



 あたしはそれらの冒険者たちの言葉に、今更ながら身の引き締まるような、暗い思いにとらわれた。



 そうだ、あたし、本当にもう一生追われる身なんだ……



 あたしは酒場中にいる人間すべて、いや、世界中をも敵に回してしまったような、恐ろしい思いに身がすくんだ。


 その時、涼やかで可愛らしい声が聞こえてきた。


「もしかしたら聖女様、このヒナって人と恋仲なのかもしれないわね。それで一緒に逃げたのかもしれないじゃない……それならあたし、応援しちゃうかも」


  あたしのすぐ近く、勘定台に群がる冒険者たちの後ろから覗き込むように張り紙を見ていた若い女の子だ。


 冒険者パーティの一員の術師らしい。


「おい、めったなこと言うなよ。しかも恋の相手がモンスター?」


「だって、この人の気持ちを考えるとねぇ。男にはわからないのかもしれないけど……考えたら突然聖女になる命令が下されるわけでしょ? あたしだってもし彼女の立場だったら……」


 そばにいる剣士の顔をチラッと眺め、少し頬を染めて言う。


「女心よねえ。やっぱり、好きでもない人といきなり結婚するのは嫌なものよ。しかもちゃんとした結婚じゃなくて、聖女は三年限り、言ってみれば三年後にお払い箱になるわけだし……」



 あたしはふわりとした暖かい思いに包まれ、心の中で彼女に礼を言った。


 もちろん、なんだかんだ言ってこの女の子も、いざとなったらあたしを助けてくれるわけにはいかないだろう。


 でも、あたしの気持ちをわかってくれる人もいると思うと、なんだか心強く感じて——。


 一生追われる身になってしまったけど。


 この選択を、恥じることはないだろう……



 気がつくと、昼食を済ませた冒険者たちはポツポツと席を立っていき、例の青年もあたしに軽く会釈をして去って行った。


 入り口の壁にも貼られた人相書きを、じっと見つめてから——。


 何だか今日はもう、あの青年の正体どころじゃない。



 あたしはため息をついた。最近、ため息ばっかりだ。



 昨日はゴブリン子ちゃんを自由にしてあげようとは思ったけど、やっぱり逃げおおせるまでは助けてもらわなくてはならないだろう。


 ヒナにも、ゴブリン子ちゃんにも、彼女のご主人さまにも——そして残してきた家族にも、たくさん迷惑をかけている。


 でも、みんな——あたしたちの優しい家族だって、心の中ではあたしたちが逃げ切ることを願ってくれているはずだ。



 逃げきろう。


 何をどうしたって、逃げきろう。


 そして幸せになるのが、みんなへの恩返しと考えよう——


 自分勝手かもしれないけれど、こうなってはそれこそが、あたしのできる一番いいこと。



 あたしは、そう固く決心した。

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