第16話 ま、まさかこの人はゴブリン子ちゃんの……?
支配人は護衛隊長に言った。
「建物に関しては全てお見せできますが——ただ、宿泊客のある部屋の検分だけは、どうか控えめにして下さい——さあ、厨房は、あちらです」
じっとりと、こめかみに汗が浮く。
どうしよう……どうしたらいい?
そうだ、彼らが厨房に行っている間に、ヒナたちに知らせに行こう!!
トイレに行く、とかなんとか言い訳して!!!
ところが護衛隊長は厨房に行く前に、外で待機する部下たちを手招きした。
同時に、護衛兵全員が酒場の中に入ってきて、客全員を囲むように壁に並んだ。
これにはあたしのみならず、小声で話していた客たちも息を飲んだ。
「みなさん、何してらっしゃるんですか? そんなところにいられては、ゆっくり食べるものも食べられませんよ……」
冒険者の一人が、冗談ぽく近くの護衛兵に尋ねる。
「今、我々は聖女様の捜索にあたっている」
その護衛兵は、酒場全体に響くような大声で言った。
「この建物全体の検査が終わるまでは、皆ここから動かないように——それと、事件について何か知っている者は、今ここですぐに挙手せよ」
……ダメだ。
これじゃ、トイレに行くなんて言っただけで、下手に注意を引いてしまう。
ああ、ヒナ、ゴブリン子ちゃん、気をつけて——!!
支配人と護衛隊長は厨房に姿を消し、カウンターの内側にはあたし一人が残された。
他の給仕の二人は、客の間で盆を持ったまま立ち尽くしている。
まあこの状況じゃ、誰も何か注文しようとは思わないだろうから、あたし一人でも大丈夫だろうけど……
その時だった。
誰かがあたしをじっと見つめているのを背中に感じたのだ。
鋭い視線。
冷や汗が流れる。
何気ない様子をして後ろを振り返ると、カウンターの端に、一昨日あたしに大嘘をついた青年がいた。
——護衛兵に気をとられていて、全く気がつかなかった。
先日と同じ軽食の皿を前にした青年は、あたしにこっそりと軽く二度頷いてみせた。
あたしはそっと近づく。
気をつけなければ。
この人、第一印象では警備兵かも、と思ったんだった——護衛兵は特定の人間などを守る役割だが、警備兵は犯罪者を捕まえる方が主な仕事。
もしそうなら、今のあたし達には護衛兵と同じぐらい厄介だ。
あたしがゴブリンのような見かけだからって、まさか聖女を攫ったモンスターだとか、思ってないわよね!?
やめてよね!?
「お、お客様……お酒のお代わりですか」
「…………」
何も言わない。
「それとも、もっと食事を?」
「……きみ。なんだか気分が悪そうだけど、大丈夫? ガタガタ震えてるよ」
「え、そ、そうですか?」
「ちょっと水でも飲んで、落ち着いたら……。何か後ろ暗いことでもあるのかと思われるよ」
青年の射るような視線に、心臓が飛び出そうになる。
もう、なんてこと言うのよ!
「いえ、別に……」
ともすると上ずりそうになる声で答えたけど。
この人に、完全に怪しまれてる。
その青年の顔をチラッと見ると、疑いの色、というよりもっと、何か胸を打つ——個人的な悩みでも抱えたような、悲しげな色が微かに浮かんでいた。
「きみを見ていると、何だか懐かしい気分になるよ」
青年は小声で呟いた。
「懐かしい?」
唐突な話に面食らう。突然、なんなんだ。
「ああ、知り合いに似ているんだ」
え、まさか、あたし以前この人と会ったことある……わけじゃないよね?
そもそもあたし、ゴブリン風体だし。
そう思って青年の顔をよく見てみると——不思議なことにあたしも何だか懐かしさを感じた。
いつか、どこかで会ったような——。
なんで?
なんだ、この懐かしさ?
あたしは、青年の先日の大嘘をもう一度大雑把に思い返してみた。
彼は、聖女を昔から知っていたと言った。モンスターが出たあの夜も、そばにいた、と。
(いや、モンスターなんて出てないんだけどね。あのへっぽこ魔法のせいで、あたしとヒナがモンスター風にはなっちゃったけど——まあ、影で動いてくれたゴブリン子ちゃんとご主人様は別として)
そこまで考えて、あたしはハッとした。
まさか。
もしそれが嘘でなければ(まあ、どちらにしても事実とは異なってるんだけどね)。
まさかとは思うけど。
青い翼のゴブリンじゃないけれど。
もしかして、この人がゴブリン子ちゃんの『ご主人様』——!?
あたしは自分自身の突飛な発想に困惑してしまった。
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