第15話 まじか————!!!

 酒場の裏口から続く雑然とした狭い部屋は、休憩室として使われている。


 掃除用具の入った戸棚。

 古ぼけたテーブルやソファ。

 テーブルの上には飲み水の入った水さしと、洗いたてのエプロンがたたんで置いてある。

 あたしはそれを一枚とり、身につけた。


「さて、今日も頑張るか!」


 酔った冒険者の愚痴や自慢話を聞くのは、どうしても慣れないけれど、それを顔に出さずに対応できるようにはなってきた。


 店は、カウンターの内側での簡単な仕事をあたしのような新人に割り当てている。


 料理を乗せた重い皿を落とさずに何枚も持って、混み合ったテーブルの間を歩くのは、よっぽど慣れたおばちゃんか力のある男性の仕事らしい。


 あたしもカウンターの中では、小さなネズミのように目立たずにいられるので、気分的に助かっている。


 いつものことながら今日も満員だったが、あたしは酒場の妙な雰囲気に気がついた。



 ……あれ? 今日は、ちょっと静かじゃない?



 たいてい飲み食いしながら、仲間うちで大きな声で話すものだから、結局皆が大声で話し始め、注文が聞こえないほどの騒音になってしまうのも珍しくない。


 だが、今日は皆、声を低くして話している。


 ドアの方を見ながら、こそこそと。



 いつもと違う酒場の雰囲気につられ、あたしもそちらを見てみると——


 入り口のすぐ外で、黒っぽい制服を着た男たちが十数人、ピシッと並んで立っていた。



 あたしは息を呑んだ。


 あの制服……あたしを迎えに来た護衛兵と同じだ。



 まずい!



(どうしよう、ヒナたちに教えに行った方が……)


 とっさのことに、あたしの頭は完全にパニックだった。


(いや、ゴブリン子ちゃんは魔法陣を張ったって言ってたから……大丈夫って……)


(でも、やっぱり心構えができていた方がいいわよ、絶対……)



(……やっぱり、何とかしてちょっと抜けよう)


 そう決めた時、すぐそばに立つ支配人の言葉が聞こえてきた。



「ええ、こちらではそういう人相風体の客や怪しい者は見ていないと思いますが……。職業柄、そんなこともあろうかと、あの事件以来少し注意してはいたんです」


 支配人は金庫のある台の前で、気をつけ、の姿勢をして話し込んでいる。


 濃い灰色の制服に、金の肩章をつけている男と。


 ——その顔には、見覚えがあった。



 あの時の護衛兵の隊長だ!


 最後の最後まであたしたちをしつこく探していた男の一人!



「なるほど。では、今後も観察を続けてくれ。……で、最近雇ったものにも、怪しいものはいないのか」 



 ま、ま、ま、まずい————!!!



 ガラにもなく、ガタガタと震えてしまう。


 あたしは何気ないふりをして、なんとか汚れた皿をまとめ、ゴミと家豚にやる食べかすとを仕分けし始めた。 


 耳はしっかりそばだてて。



「そうですね、人選も一応気をつけてはおりますので、問題はないでしょうが……

 あの事件以来——ひと月ほどになりますか、新しく雇った者は四人おります。

 もしご希望でしたら、確認されますか」


 支配人は、酒場で働く新入りを指し示した。


「あとは、そこにいる女の子です——他にもう一人、厨房におります」


 隊長は、指された新入りをじっくり観察し——最後にあたしを上から下までながめまわした。


「そいつは、美しい聖女様とは似ても似つかぬな。小さいし……変装していたとしても、背の高さは変えられないからな」


 髭の大男は、ふん、と鼻で笑った。


 バカにしたわね、とか考える余裕すらない。


 怪しまれぬよう、手の震えを止めるので精一杯だ。


「では、厨房の者も確認させてもらおう。それから、建物内に誰かが隠れるような場所はないのか」



 まじか——!!!



「通常はないはずです。部外者を入れることは、きつく禁じております——でも、一応お見せしましょう。控え室や宿、それと働く者の宿泊所もありますから」



 支配人——————!!!!


 頼むよ——————!!!!



 絶対に言葉にしてはいけない叫びを飲み込んで、あたしはギリリと唇を噛んだ。



 絶体絶命!!!


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